第4-9話 「アパレル・流血・笑顔」
食事を終えると、タカフミは、服を買うことを提案した。
「軍服だと、『星の人』だとすぐ分かってしまうので」
「なるほど。市民に紛れた方が安全だな」マリウスも同意する。
ショッピングセンター内のアパレルショップで、タカフミは店員の女性に、マリウスに合う服を選んでくれるようにお願いした。店員はマリウスを見て驚いたが、何も聞かずに笑顔で接客してくれた。
「どんな服をお探しですか?」
その問いにマリウスがタカフミを見るが、タカフミに女子服の知識は全くない。
「えーと、その、目立たない服で」
「そのお顔に長髪でパンツスタイルだと、一目で分かっちゃいますからね。もっと女の子らしい恰好でいいですね?」
店員が、マリウスの体に服をかざしながら、似合う服を探す。
そして、マリウスを試着室に案内する。
再び現れたマリウスは、パステルピンクのワンピースを纏っていた。
スカート姿が可愛い。サンダルを履いた足が白くて細い。
しかも僅かに胸が盛り上がっている気がする。
タカフミが驚いて見とれていると、店員がひそかに耳打ちした。
「カップ入りのキャミソールも着て頂きました」
マリウスはスカートが気になるようだ。
「このひらひらは何だ?」
と言いながら、持ち上げる。
「めくっちゃダメです! 下着が見えます!」
「見せていけないなら、なぜひらひらさせるんだ? 落ち着かないな」
マリウス、パンツルックスのマネキンを指さす。
「これでいいだろう?」
すると店員が、「ちょっとよろしいですか」と言って、マリウスをスマホで撮影した。それだけでなく、撮った写真で何か操作している。
「お客様、すごくお似合いですよ」
そう言って見せた写真のマリウスは、笑顔アプリの効果で、微笑んでいた。
マリウス、写真を無言で凝視。それから鏡に映った自分と見比べる。視線が写真と鏡の間を往復する。
タカフミは、勇気を出して言葉にする。
「司令、とても綺麗だと思います」
マリウスは、タカフミを見て、服を見て、少し考え込む。そしてついに、
「これ、ください」と言った。
「ありがとうございます。このままお召しになりますか?」
マリウス、右頬をなでながら、またしばらく迷っていたが、
「いえ、元の服で帰ります」
結局そう告げて、試着室に姿を消した。
**
現金で会計を済ませると、店員はレジカウンターから出て、マリウスに服の入った紙袋を差し出した。
マリウスは受け取った紙袋をじっと見つめてから、店員に会釈をして、店を出ようとする。
すると、店内にいた白人の男が、マリウスの前に立ち塞がった。
『「星の人」か?』
マリウスは無表情で相手を見つめる。
『人間のはずがない。人間に似せた、まがい物だ』
言葉の意味は分からないが、憎しみの表情を浮かべている。
タカフミが、白人とマリウスの間に割って入った。口を閉ざした男を警戒する。
その後ろで、店員がマリウスを店の外へと案内する。
店の外に、もう一人、白人の男が立っていた。店頭にある大型ディスプレイを眺めていたが、マリウスと店員が連れ立って店の外に出ると、急に体の向きを変えて、店員の背後に近づく。マリウスに話しかけていた店員は、その動きに気づかない。
腰を抱くようにして、マリウスが店員を引き寄せた。
突然の動きに、店員が「お、お客様、何を!?」と驚いた声を上げる。
その顔のすぐ横を、ナイフを持った男の右腕が通り過ぎた。店員を押しのけるようにして、マリウスに肉薄する。
マリウスは腕でナイフの軌道を逸らしつつ、男の右腕を掴んだ。足払いで男を倒し、背中に右腕を捩じり上げる。流れるような体捌きだった。
「司令! 大丈夫ですか!」
タカフミが叫ぶ。周囲の買い物客が騒ぎに気付き、「危ない!」「ナイフ持ってるぞ!」という声が響く。
タカフミが対峙していた男は、舌打ちすると、身を翻した。
男が走り去るのを見届けてから、タカフミはマリウスに駆け寄る。ナイフが床に落ち、男が苦痛に呻いていた。
「折っていいか?」とマリウスが聞くので、タカフミは「いや、折らないで! 自分が押さえます。店員さん、警察を呼んでください!」と叫んだ。
男を取り押さえながら見上げると、マリウスの右手の袖から、血が滴るのが見えた。
「お客様、腕に怪我を・・・」
店員も流血に気づき、青ざめた顔でマリウスに尋ねる。
マリウスは「かすり傷だ」と言って右腕をまくると、取り出したスプレーを傷に吹き付けた。白い泡状の薬剤が傷口を覆い、止血する。
警察が来て、タカフミが状況を説明した。マリウスにも怪我の様子を質問したが、「かすり傷だ。気にするな」と言われると、それ以上は追及せず、男を連行していった。
店員が、マリウスに再び声をかけた。
「お客様、着替えていかれますか?」
血は止まったが、見ると袖だけでなく、上着やボトムスにも血が飛び散っていた。
「せっかくだから、着替えませんか」とタカフミも勧めた。
「うん・・・そうするか」
試着室に案内されるマリウスは、ナイフを前にして戦っている時よりも、緊張しているように見えた。
再び、ワンピース姿でマリウスが出てくると、店員は白い上着をかけた。
「これ、差し上げます。腕も隠れますし。守って頂いたお礼です」
マリウスは、いつもの無表情で店員を見つめたが、それから大きく深呼吸をした。ゆっくり息を吐きながら、精神を顔に集中させる。
口が少し開いて、口角が上がった。目を細くする。非常にぎこちなくて、慣れない筋肉を使っているせいで微かに震えているが、これは笑顔だった。意識を必死で集中させて、表情を作っていたのだ。
「とてもお似合いです」
「ありがとう」
マリウスは会釈して、汚れた軍服が入った紙袋を受け取ると、店を後にした。
笑顔を呆然と見つめていたタカフミも、我に返ると、慌てて後を追う。
もう元の無表情に戻っていた。右頬をなでながら、
「顔が攣るかと思ったよ」と言った。
種子島宇宙センターに戻る車の中で、マリウスは身に纏ったワンピースを黙って眺めていた。
**
ショッピングセンターの買い物客が、襲撃の様子を撮影した動画が、瞬く間に拡散した。
店員を守って戦う姿に、好意的なコメントが多く寄せられた。
これまで「本当に人間なのか?(特にマリウス)」という疑問の声もあったが、この騒動がきっかけになり、「星の人」は人間だと信じていいんじゃないか、という意見が大勢になった。
ぎこちない笑顔は、誰のカメラにも撮られていなかった。
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