第4-10話 「前哨」

「整列!」堂島の掛け声がトンネル内に響く。

 小惑星アウロラに穿たれた縦穴から、水平に伸びたトンネルの中に、トンネル掘削の作業者詰所がある。詰所の前に、作業に従事する隊員10名と堂島が集合した。

 トンネル内は与圧されている。全員が簡易宇宙服姿で整列する。敬礼は無し。

「ハーシュドゥラ」タカフミ、帝国語で挨拶。隊員も一斉に挨拶を返す。

 それからタカフミは整列を解き、空中ディスプレイの前に一同を集合させると、始業時のミーティングを開始した。

 なるべく直接話したいので、型通りの指示や受け答えの帝国語は暗記した。

 上手く帝国語で話せない内容や、理解できない箇所は、カーレンが翻訳してくれる。空中ディスプレイの一角に、カーレンのアバターが映っている。仕草や話し方が自然なので、リアルな人間としか思えない。正直に言うと、マリウスより人間的に見える。

 ディスプレイを見ながら、本日の作業シフトを確認する。一人一人の顔色や様子をチェックしながら、各マシンで、気になることがあるか聞く。

 ミーティングが終わると、隊員は2名ずつ4班に分かれる。第3工区のシールドマシンはまだ近くにあるので、このまま徒歩で移動。他の3班はポッドに乗り込み、それぞれの工区に移動する。あとの2名は詰所付だ。

 タカフミと堂島は、エスリリスや地上との通信や管理業務を行う。詰所2階の制御室に通信設備がある。マシン運用の疑問点を技術者に確認したり、日々の作業報告をマリウスと航宙自衛隊に提出する。各工区の掘削が、予定通りの精度で進行しているか、センサーのデータを確認する。それだけでなく、実際に現場に行って、異常や危険の兆候がないか、見て回るようにしている。

 今日は堂島を詰所に残し、タカフミが4ヶ所の工区とマシンを視察する番だ。

 ポッドが縦穴を登ると、頭上に太陽が見えた(いつものように、ポッドの壁には周囲の映像が表示されている)。

 アウロラは自転せず静止しているので、太陽はずっと真上にある。

 太陽との距離は5au。地球と太陽の距離の5倍あるので、ずいぶんと小さく見える。だが、大気がないので、揺らがずにくっきりと見える。

 眼下には、歪曲したアウロラの地平。水平から上は、一面の星空。

 地球は光の点となって、太陽のそばに寄り添うように輝いている。

 火星や金星、水星も、太陽の近くに集まって見える。

 地球人の力だけだったら、この光景を見るのは何世紀先だっただろうか。

 タカフミは、自分は幸運だったと思う。そして最近は、この光景を見ながら、この幸運を一時の思い出で終わらせないためには、どうしたらいいのか、と考える。

 ポッドが、もう一つの縦穴に向けて降下していく。次は第2工区だ。


          **


 タカフミが、第2工区の掘削現場を視察している頃、

 太陽系から遠く離れた宙域で、「前哨」が機関部を起動させていた。

 これまで「前哨」は、静かに待っていた。駅建設開始を知らせる電波を。

 電波が届くのに3ヵ月以上かかった。

 レールを起動し、空間を歪ませ、遠く離れた母星に通報を放つ。

 しかし、太陽から0.3光年も離れた虚空を警戒するものはいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る