対話篇 (あるいは、船上の戦い)

第5-1話 「定期通信」

 マルガリータは毎週木曜日に「定期通信」を行うことにしたが、時刻はエスリリスの位置に左右される。今回は朝の8時だった。ビデオ通話で参加者が集う。

「おはようございます」

 マルガリータが笑顔で挨拶した。青い簡易宇宙服を着ている。フライトスーツ風のこの服が、マルガリータにとって「外行き」の制服のようだ。

 地上からの参加者は5名。2名は自宅から、柿原アナウンサーを含め3名は放送局から参加している。

「今日は朝早くからですみません」マルガリータが詫びると、

「大丈夫です。慣れてますから」と柿原も笑顔で応じた。

「では私から、この1週間のニュースをお伝えします」

 柿原そう言って、政治・経済の主要なトピックスと、「星の人」関連の話題をまとめたリストを表示した。

 マルガリータも(カーレンの力を借りて)ニュースはチェックしている。数あるニュースの中から、彼らがどれをトピックスとして取り上げるのか、という点に興味があった。取り上げたニュースの解説も、地球文明の理解にとても有益だとマルガリータは考えている。

 政治家の失言や行政システムの不具合が、日本では大きな騒ぎになっているが、「星の人」には直接の影響がないので、さらっと流される。

「気になるのは、C国の動きです」

 柿原がリストの1つをタップすると、詳細説明のスライドが表示された。

「日本が、帝国との対話窓口になっているのは不適切だ、という主張を行っています。

 複数国による合同の窓口を設置すべきだ、という提案を、外務次官が発表しました」

 C国の外務次官の動画が流れる。

 複数国とはどの国か、ということは、具体的に示されていない。

「前にも申し上げましたけれど、我々の方針は『不干渉』です。国や国連とは交渉しません。特定の国と会話したら、地球の国際関係に干渉してしまうと考えているので」とマルガリータ。

「そもそも、日本国を窓口にしていないですよ。たまたま最初に訪問したのが日本で、勉強したのが日本語というだけです」

「宇治工業との関係も、民間企業との取引、ということですよね」

「おっしゃる通りです」

「航宙自衛隊の隊員が駅建設に参加してますが・・・」

「あの二人は、企業との連絡係ですから」

 柿原は頷いた。

「主要国は、帝国の不干渉方針を歓迎しています。

 確認したいのですが、国と交渉しないのは、正式な決定事項ですか? マルガリータの個人的な意見ではなくて?」

「フム。ここは艦隊司令から表明した方がいいですかね?」

「そうして頂けると、説得力が上がると思います」

「じゃあ、そうしましょう」

 マルガリータは、左手首のカードを操作した。呼出音に続いて、すぐに相手が応答した。帝国語で短いやり取りがあり、通話が終了する。

「司令が来ますので、直接、話してもらいます」

「マリウスさんが来るんですね!?」

 柿原が嬉しそうに言う。最近、ショッピングセンターで暴漢を抑え込む動画が拡散し、マリウスへの関心が再び高まっていた。取材できるなら有難い。

「ええ。それまでの間、他のことを話しましょう」

「では、『地球に来たら外せない名店』の紹介に参りましょうか」

 マルガリータが「地球文明を理解するため」にリクエストしたコーナーだった。

 名店の看板料理を、レシピや調理過程の映像付きで紹介するところが、通常のグルメ番組とは趣を異にしている。

 マルガリータは、C国ニュースの倍くらいの熱心さで動画を見つめていた。

 すると、柿原が驚いた顔を見せた。他の参加者も同様だ。

「ん?」

 調理映像から顔を上げて振り向くと、マリウスが立っていた。

 灰色のタンクトップと膝丈のショーツ姿だった。長髪は台風にでも煽られたかのように、ぼさぼさに乱れている。頭の上に何本も「アホ毛」が伸びていた。

「なっ」マルガリータは絶句してフリーズし、それから慌てて左手のカードを操作した。

 ビデオ通話の画面に「しばらくお待ちください」という文字が表示される。

 ミュートはされておらず、2人の会話が参加者に流れる。帝国語なので意味は分からないが。

『なんですかそれは!』

『・・・人を呼びつけておいて、酷い言い様だな』

『ビデオ通話なんです。地球人に醜態を晒さないでください(涙目)』

『それを先に言え』

『くぅ。タカフミは? タカフミはいない?』

『あいつはトンネル掘削中だ』

 マルガリータ、会議室のドアを開けて、周囲にいる隊員を呼び集める。

 駆け寄ってきた隊員にブラシを渡して、マリウスの髪を梳かすように言う。

『士官に触れてもいいのですか?』

『いいんです。非常事態だから』

 マリウスを会議室から追い立てて、戸惑っている隊員に引き渡す。

 椅子に座って、深呼吸。

 「しばらくお待ちください」画面を解除すると、マルガリータはにこやかに言った。

「お待たせしてすみません。司令は今、忙しいそうで。手が空き次第、参ります」

 マリウスはまだ来ていない、という設定で乗り切るつもりのようだ。

 柿原は如才なく、「承知しました。お忙しいところ、恐縮です」と受けて、グルメ紹介を再開した。

 15分ほど経過し、定期通信が終わろうとする頃、会議室のドアがノックされた。

 「お待ちください」画面になり、再びエスリリス側の画像が復活すると、マルガリータの隣にマリウスが着席していた。

 軍服姿で、髪も真っすぐに流れ、「びしっ」という擬音が聞こえそうなくらいに整っている。

「お待たせしました、みなさん」マリウスが会釈した。

「状況はマルガリータから聞きました。

 我々と会談や交渉を望んでいる国があることは承知しています。

 しかしながら、我々の方針は、地球に干渉しないことです。

 いかなる国家とも、あるいは国連とも、交渉も面談も行いません。これは決定事項です」

 と、はっきりとした口調で宣言した。

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