第5-2話 「反発と不安」

 タカフミは、宇治工業の技術者・柳田と通話していた。最初の工場見学以来、熱心に協力してくれている人だ。

 マシンは4台とも異常なく稼働している。ただ、どんな機械でも故障は起こる。

 寿命が近づいた部品を、故障が起こる前に交換する「予防保全」を実施すべきで、そのためにいつ、予備機と交替させるか、という相談だった。

 ログデータを眺めながら検討し、11月に交替を行うことにした。

 それが終わって、今日の通話は以上でいいですか、とタカフミが問うと、柳田は「一つ気がかりなことがあるんだ」と切り出した。

「最近、PSSっていう団体が、注目されていてな」

「ああ、太陽系は地球人の物だ、と言っている人たちですね」

 PSSはProtect Solar System(”太陽系の守護者")の略称。帝国が小惑星から採掘を行ったり、駅を建設することを認めない、と主張する団体だ。

 タカフミは、「私はお前の物か?」とマリウスに詰め寄られて、慌てたことを思い出した。確かに、見ただけで自分のものと主張するのは、無理がある。ただ、彼らが不安に思うことも、理解できると思う。

「そのPSSだが、今に帝国は太陽系の全てを奪ってしまう、地球は帝国が作る牢獄の中に閉じ込められてしまう、というような主張をしていてな。

 その流れで、企業は地球の利権のために行動すべき、というルールを定めようとしているんだ」

「つまり、宇治工業も、協力できなくなる、ということですか?」

「ルール化されるのは、まだ先のことだと思う。ただ、闇雲に協力するな、という世論が強まると、うちの会社としてもやりにくくなるんだ」

「そうでしょうね」

「結局、みんな不安なんだ。帝国がどんな国で、太陽系をどうしようと思っているのか、全然分からないからな。

 だから、何かを約束してもらうとか、要望を叶えてもらうとかじゃなくて、まずは「星の人」のことを、もう少し教えてもらえないかな。

 そうしたら、PSSみたいな動きが抑えられると思うんだよ」

「分かりました。マルガリータに相談してみます。地球のことは、あの人が担当みたいなんで」

「よろしく頼むよ」


          **


 こうして、マルガリータ主催で、士官会議が招集された。

「駅建設に反対する動きが、徐々に高まっています。世論をなだめる対策を検討しましょう」

 司令室隣の会議室に、マリウス、ジル、ステファンが集まった。地球の世論対策、ということでタカフミも。カーレンとエスリリスは呼ばれなかった。

「世論がどうなったらゴールなのかな?」とステファンが尋ねた。

「企業が我々のために活動することを、制約するルールが出来ると、トンネル掘削に影響が出る」とマリウス。

「つまり、駅が稼働するまで、そうしたルール制定を阻止できればいい。その後、地球人がどう思おうと、構わない」

「でも、あまり悪感情が高まると、地球にご飯や買い物や調査に行けなくなっちゃいます」

 マルガリータの発言は、自分の欲望の優先順位に忠実だった。

「あの、いいですか?」タカフミが手を挙げる。

「世の中の人は、みんな不安なんです。

 突然『星の人』が来て、しかもすごい技術を持っている。少なくとも宇宙では、何をされても、地球人は手も足も出ない。

 地球に干渉しないと言ってくれたのは嬉しいけれど、この後どうなるんだろう? というのが、地球人が感じている不安なんです」

「こちらに死者が出ない限り、地球を攻撃することはない。それでも不安か?」

「例えば、地球と月以外の資源は、全部持っていかれるのでは、という心配をする人もいます」

「わざわざ、住民とトラブルを起こすようなことはしない。

 資源なら、無人の恒星系で採掘する。その方が安全だし、星は無数にあるから」

「そういうことを、もっと人々に伝えて欲しいんです」

「つまり、地球の有識者と『対話』を行えばいいですね」

 マルガリータが、なるほどそうか、という得心顔で頷いた。

「だとしたら、地上で会場を借りて、じっくり話し合う場を設けましょう。

 日本以外の人も呼んだ方がいいですよね。交通の便がよい都会がいいかな。

 あとは食事も一緒に・・・」

「俺は心配だな」ジルが口をはさんだ。

「マリウスが襲われたばかりじゃないか。俺たちの存在自体を認めたくない連中がいるんだぞ。長時間、地上に滞在するのは、止めとくべきだ」

「ジルの心配はもっともだ。あと都市部だと、何かあった時に、機動歩兵が動きづらい」

「うう・・・」

 2人に難色を示されて、マルガリータは唸って考えていたが、やがて妙案を思いついたようだ。

「そうだ! じゃあ船にしましょう!」

「船?」ステファンが反応する。

「そうです、船です。船なら人の出入りを遮断できます。乗員だって事前にチェックすればいい訳ですし」

「じゃあ空母がいいな」

「平和な対話を軍艦でやりますかっ! こういうのは豪華客船でやるんですよ」

「原油タンカーでいいんじゃないか? 広いぞ?」

「そんな船じゃ人が集まりませんよ!」

 マリウスとジルが相談する。

「まあ、船なら警備しやすいかな」

「豪華客船は必要ない」

「まあ、そこは妥当な規模の客船を探しますよ!」

 マリウスはタカフミに向かうと、

「対話の進め方や会場手配について、マルガリータに協力して欲しい」

「分かりました」

「わあ助かります。じゃあ私は食事のメニューを考えますね」

「マルガリータが責任者だ。まずはテーマを決めて、それに沿って参加者の人選が必要だと思う。メニューはその後だ」

「うう、マリウス、ここは笑うところです。冗談に決まってますよ(涙)」

 マルガリータは、A4サイズ程度の空中ディスプレイを呼び出した。

 画面上に3つの人物イラストが表示されている。3つに向けて指をスワイプすると、出席者の前に同じようなディスプレイが表示された。

「あれ? タカフミがいない・・・ああ、タカフミは持っていなかったんですね」

 そう言って、灰色の腕輪をタカフミに手渡した。

「これ、通話や、空中ディスプレイの表示に使います。防水です。我々は常時身に着けています」

「ありがとうございます」

 腕輪を身に着けると、タカフミの前にも空中ディスプレイが表示された。

「では、対話のゴールは、こんな感じですかね」

 マルガリータの発言が文字化されて表示される。

「①『帝国のことが良く分かった』という気分になってもらう

 ②帝国と地球の今後について、毒にも薬にもならない無害な提案をして、

 『提案がまとまるまでじっくり話し合った』、と満足してお帰り頂く」

「まあ、その通りだが、地球人には、まともな文章で出せよ」

 とマリウスが釘を刺す。

「タカフミ、対話が炎上しないように、助言してくれ」

「責任重大ですね・・・了解です」

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