第5-12話 「強襲降下」

「マリウス、無事か!?」

 ジルがマリウスに駆け寄る。

「無事じゃない」

 マリウスは左手を上げた。手の甲が折れている。内出血で赤黒い。実はジルの攻撃が一番危険だったことは言わない。

「おいおいおい」ジルは床に転がる男に詰め寄った。

「うちの大事な司令殿に怪我させて、覚悟はできてるんだろうな?」

 いや、それはその人が自分で勝手に、と男は思ったが、言えなかった。

「大丈夫ですか!?」

 今度は堂島が穴から入ってきた。マリウスの手を取る。

「こ、これ折れてますよ? 指も?」

「かすり傷だ」マリウスはそう宥めるが、かすり傷ではない。

 堂島の登場で、ダンスホールの空気が少し弛緩した。

 その隙をついて、男が船尾側のドアに向けて駆け出した。だが、マリウスの足払いを受けて、あっけなく転倒。

 そこにタカフミが「動くな!」と叫んで、男の体に飛び乗った。男が「ぐぇっ」と呻く。腕を捻って、うつ伏せ状態で動きを封じる。

 なんだか、マリウスが倒した相手を押さえつける役回りだな、とタカフミは思った。

 マルガリータも、ジルやタカフミに付いて来ていた。しかし男がまだ戦えそうだったので(大分痛めつけられてはいたが)、穴の陰に隠れていた。

 男がタカフミに拘束されたことで、ようやく安心して、ダンスホールに入った。

「マリウス、攫われなくて良かったです」

「ああ」

 無事ではないことも、実は左手はマリウスが自分で破壊したことも、マルガリータは既に把握していた。なので、怪我には触れなかった。

 更に機動歩兵のハーキフがやって来て、マリウスが倒した男女を拘束する。

「船員の身元は慎重に調べてもらったんですけどね・・・」

 マルガリータは鼻から血を流している船員をちらりと見た。

「バトラーや客室係は、直前に入れ替わったのかもしれません」

「ところで、他の船員は何をしているんだ?誰も来ねぇぞ?」

 堂島はマリウスの手当てをしていたが、異変に気付き叫ぶ。

「船が動き出してます!」

「お?」ジルが穴から身を乗り出して海を見る。「ホントだ」

「ちょっと! 対話メンバーや民間人ごと拉致するつもりですかね?

 NPOやロビー団体に出来る芸当じゃないですよ、これは。

 きっと、後ろにどこかの国がいますね」

「ブリッジを奪還する」とマリウス。

「だが、船員を人質に取られると、厄介だな。

 人質に被害が出るようなことをしたら、世論に響くし。

 せっかく私が人道的に戦った意味がない」

「人道的って・・・今日の戦いは緘口令ものですよ」


          **


 マルガリータからステファンへの通信は「助けに来て!」だけだったが、左手のパネルは大量のデータをエスリリスに送信していた。

 情報軍が身に着けている「パネル」端末は、他の兵科が着用する腕輪よりずっと大きい。

 割れやすい固定ディスプレイを使うところに、「荒事には関わらない」という、情報軍の強い決意が伺えるが、サイズが大きい理由はパネルだけではない。

 多数のセンサーを内蔵することで、会話・騒音や大気成分、電磁気や加速度、そして空間の歪み等々、周囲の情報を貪欲に収集するためである。

 更に、パネルは周囲の腕輪にアクセスし、本人の承諾などまるで意に介さずに、装着者の生体情報も収集している。

 これらの情報からパネルは、襲撃の発生、発砲、そしてマリウスの両手が拘束されたことを把握していた。エスリリスは、パネルからの警報をステファンに伝えた。

「うーん、地球人だけでなく、マリウス達が乗っているから、砲撃は出来ないね」

 ステファンの前に、ソレイユ号の映像が表示されている。空間の歪みが検出されたことが強調表示されている。機動歩兵が武器を使ったのだ。

「砲撃は出来ない。でも、こういう時のために、君を選んで正解だったよ」

 右の空中ディスプレイに映る、エスリリスのアバターに笑いかけた。

 エスリリスが、こくりと頷く。

 直ぐに真顔に戻ると、周囲のスタッフにも伝わるように声を張り上げた。

「強襲降下する。総員戦闘配置。歩兵も全員、簡易宇宙服を着用させろ」

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