第5-13話 「阻止」

 マリウスがブリッジに向かおうとするのを、ジルが止めた。肩に手をかける。

『怪我人は引っ込んで大人しくしてろ』帝国語で諫めた。

『かすり傷だ』

 マリウスは承諾しない。すると今度はマルガリータが諭す。

『それは、艦隊司令が先頭に立ってやることですか?』

『・・・』マリウス黙殺。

『軍団長に言いつけますよ~。髪の毛、更に伸ばされても知りませんよ~』

 マリウスが、さっと振り向いてマルガリータを凝視した。だがマルガリータは、平然と見つめ返す。マリウスは無表情のまま、大きくため息を吐いた。

「ポッドに戻る。ブリッジの制圧はジルに任す」

「了解。タカフミ、堂島にマリウスの警護をお願いしていいか?」

「ああ。堂島、司令と一緒に」

「はい」

 堂島が先に立って、ポッドに向かった。

「あの、マルガリータは何て言ったんですか?」

 2人が無言で見つめ合った光景を意外に感じて、堂島は尋ねた。

「軍団長に言いつけるって」

「え? 何でですか?」

「襲撃者を追いつめるのは、艦隊司令がやる仕事ではない、ということだ」

「全体を見渡せ、ってことでしょうか。軍団長は怒ると怖いんですか?」

「怖いというか」マリウスは自分の髪に触れる。

「もっと長くしろと言われそうだ」

「え? 今長くしているのも、軍団長の指示なんですか?」

「そうだ」

 堂島は不思議に思った。なぜ軍団長はそんな指示を出したのだろう?

 まさか、「軍団長」とやらは、マリウス様のことを「私物化」しているのか? 自分の好みを押し付けている?

 マリウス様も、それを断れないような関係なのか? 例えば、秘密を握られているとか? 秘密って何だ!? まさか、マリウス様だけは・・・

 妄想がぐるぐると脳内に沸き起こり、堂島は慌ててそれを払いのけた。今は警護に集中しなくては。

 だがしかし。軍団長とは、いつか対決しなければ・・・堂島は物騒な決意を固めるのだった。


          **


「では私もポッドに行きます」

 そう言って歩き出したマルガリータの襟首を、ジルが捕まえた。

「ちょっ!? 何ですか?」

「手伝ってくれ。ブリッジ内を走査してくれ」左手のパネルを指さす。

「ううう・・・」

 ブリッジ内には7人いた。ただし、誰が船員で、誰が襲撃者かは分からない。

 ハーキフが偵察を行った。

「銃を持っているのが2名います。1名は船長に、もう1名は女性の客室係に銃を突き付けています。女性は床に座らせられてます」

「吹き飛ばしたら、船員や客室係も怪我しそうだしな。しばらく待つか」

「でも、どんどん船が進んでしまいます」

「催涙ガスでも使うか~」

 その時だった。急に周囲が暗くなった。


          **


 襲撃者は客室係の恰好をしていた。他の仲間と同様、スタッフとして船に紛れ込んだのだ。

 船長は銃で脅迫されて、船の進路を大陸に向けていた。

 突然、前方が真っ黒になった。

「なんだ?」

 目を凝らし、視線を左右に振って、そして驚愕した。

 全長300メートルはある、巨大な黒い塊が、空から落ちてきたのだ。

 そして、船の進路上、ブリッジの高さの中空に、音もなく静止した。

 このままでは間違いなく衝突してしまう。

 全身に悪寒が走った。

「ハードスターボード!(面舵いっぱい)」

 船が大きく傾きながら右に曲がった。黒い塊が急速に迫る。少しずつ左へ回頭している。こちらの動きに合わせて激突は避けながら、じりじりと距離を詰めてくる。

「フルアスターン!(両舷全速後進)」

 船足がゆっくりと遅くなり、やがて止まった。

「ストップツー(両舷機関停止)」

 視界は、壁のような黒い塊で覆いつくされている。窓ガラスとの間隔は、20㎝もない。

 ブリッジの全員が、呆然と窓の外を見つめていた。

「いい加減、諦めろ」

 襲撃者が振り向くと、ジルがブリッジ内に立っていた。

 慌てて仲間を見ると、既にハーキフに組み敷かれ、床に転がっていた。

 タカフミが銃口を向けている。

 男は観念して、銃を捨てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る