第6-2話 「願い」

 仕事を終えて、マリウスは自室に戻った。

 ふと思いついて、タカフミと地球に行った時に購入したワンピースを取り出す。

 結局、あれから一度も着ていない。服を見てため息。

 ドアにノックがあり、「こんばんはー。入りますよ~」と言いながらマルガリータが入ってきた。ドライヤーとヘアブラシを手に持っている。ブラシを置いて、マリウスの髪を乾かそうとして、デスクの上の服に気づいた。

「わー。おぅおぅ。こ、これは何ですか?」

「服だ」

「それは見れば分かります! どうしたんですかこれ! いつ買ったんですか?」

「前にタカフミと種子島に降りた時に買った」

「うわ、ワンピースだ。可愛い! どういう風の吹き回しですか?」

「いや、その」無表情だが、声は少し狼狽えている。

「試着したら、店員に、笑顔になれば似合うと言われて。それで」

「着てみて! マリウスのスカート姿見たい!」

「いや、いい」

「えー、なぜ?」

「一時の気の迷いだ」

 その言葉に、マルガリータは悲しみの気配を感じ取る。

「こういう服を着るのは、よくないことですか?」

 マリウスは、もう一度、ため息を吐く。

 マルガリータの質問には答えずに、逆に問い掛けた。

「地球の調査開始を命令された時に、会っただろう? 私より先に」

「・・・同じ顔の方ですね」

「その人に言われたんだ。私は・・・私達は、ひたすらに戦う運命だって。戦うために生まれてきた。そのために、人間的な部分が、削り取られている」

 マリウスは、引き出しから手錠を取り出した。ソレイユ号で手に嵌められたものだ。手錠を眺めながら言葉を続ける。

「あの襲撃で、敵を倒す時、自分が生きていると感じたんだ。

 喜びというか・・・このために生まれてきたんだ、という強烈な自己肯定感があった。

 そして、ポッドに戻る時、物足りないと思った。

 もっともっと、戦いたかった」

 両手に顔をうずめた。

「戦いにしか満足を得られない私に、この服を着る機会は来ないだろう。

 運命と諦めているが、少し、寂しい」

 マルガリータはマリウスをじっと見つめてから、ドライヤーを持ち上げた。

「乾かしましょうね」

 手で髪を梳き、風を当てる。

「子どもの頃の、雪山サバイバル訓練、覚えてますか?」

「もちろんだ。本気でやらないと死ぬって、みんなが悟った訓練だったな」

「みんな、パニックになっていました。マリウスが一人一人に声をかけて、やるべきことを教えてくれなかったら、全滅でした」

「一人一人が、貴重な戦力だからな。失いたくなかった。帰りたかった・・・全員で」

「それから。ジルに、士官学校に行くように勧めましたね」

「人気者だったからな。兵士を束ねるのも上手くやると思った」

「本人は、絶対合格しないと思ってたみたいですけど」

「私が無理やり勉強させた」

 乾いた髪を、ブラシで整えていく。

「自分一人で戦うだけじゃなくて、仲間と一緒に何かするのが、楽しいって、思ったでしょ?」

「楽しい・・・のかは分からないが、そうだな、充実していた」

「マリウス、あなたには、人に勇気を与える力があるの。

 勇気を与えて、人の人生を変えられるのだから、自分の人生も変えられるはずよ」

「戦争しか出来ない、不器用な人形だ」

「自分だけで、道を切り開こうと思わないで」

 耳の近くに顔を寄せる。

「新しいもの、異質なものに触れたら、マリウスの考え方だって変化する。

 考え方が変われば、運命だって変わるわ。

 仲間を頼って。一人ではないのよ」


          **


 タカフミは、彼の心を揺さぶった光景を思い出していた。

 ファーストコンタクトでポッドから現れた少年。

 傾斜路で振り向いた顔。空に消える白いポッド。

 風にそよぐ黒い髪。詰所で見つめたオッドアイ。

 カロリーバーに驚く表情。潰されて飛び散るミニトマト。

 スカートとサンダル。車の中で服を見つめる姿。

 思わず声に出る。

「ちがう。ちがうんだ。宇宙で工事出来たら十分なんて、そんなことはない・・・

 俺は、俺は、マリウスのことをもっともっと知りたいんだ!」

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