第6-3話 「獲物」

 ダハムは星間航法船の中を移動していた。重力は無い。周囲の人間が慌ただしく行き交う中を、巧みにすり抜けて飛んでいく。

 船名はザッカウ-1。全長100mの円筒形。大部分を星間航法のエンジンが占めている。居住区間は先頭と末尾にそれぞれ10mのみ。そこに乗員20名が詰め込まれているので、かなり手狭だ。ありとあらゆる場所に--椅子の下にまで--食料や資材が格納されている。

 出来ることなら、外殻を拡張して、兵士も武器ももっと搭載したい。

 だが、船型の変更がワープに及ぼす影響を、見極めることが出来ないため、船の改修は見送られた。

 それは、テロン共和国が星間航法技術を持っていないからだ。


          **


 テロン共和国は、今ダハムがいる場所から4光年離れた、隣の恒星系にある。

 20家の貴族が惑星テロンを分割統治している。

 1千年前、テロンからの移民団が、この恒星系に到達した。そこで彼らが目にしたのは、巨大な「駅」の姿だった。

 「駅」の周辺には、定期的に膨大な量の輸送コンテナが出現する。

 すると、背後の星々を歪めるワープゲートが出現し、コンテナ群を飲み込んでいくのだった。

 「駅」は、移民団の接近を拒んだ。

 固体惑星はどれも居住に適さなかったため、移民団は衛星や小惑星に基地を建設して生活するしかなかった。

 恒星系の開拓は苦難を極めたが、200年後、放棄された星間航法船3隻を発見したことが、彼らの命運を大きく変えた。

 搭載されていた技術文書を解読することで、船を動かすことに成功したのだ。

 移民団は、星間航法船に乗って、惑星テロンに舞い戻った。

 移民団は新貴族・クロード家となり、移民団を送り出した2家と共闘して、惑星テロンの支配権を確立した。

 以降、共和国の執政官は、この3家から選出されるのが慣例となっている。

 星間航法船が、3家に富と権力をもたらした。しかし、根本的な作動原理を解明できた訳ではない。マニュアル通りに使えるようになっただけだ。

 運用方法を変えることは出来ない。

 船も、「駅」も、誰が建造したのか分からない。

 いつしか、船や「駅」に関することは、疑問を差しはさむことの許されない、宗教的な性格を帯びるようになっていった。


          **


 ダハムはブリッジに入り、提督席につく。シートベルトで身体を固定する。

 それから、目の前の若い士官に聞いた。

「その後の動きは?」

「小惑星を1つ、移動させています。惑星公転面から垂直に離れた位置にいます」

「大きさは?」

「直径25㎞です」

「間違いないな。駅の建設を担う自動機械だ」

 準備が整い、3隻は衛星上の基地から出港する。

 出港の慌ただしさが落ち着いたところで、ダハムは3隻全体にメッセージを流した。

「ダハムだ。よく聞け。今回の任務は、いつもの略奪、おっと、『恵みを受け取る』ではない。特殊作戦を実施する」

 貴族間の反発や妨害を避けるため、基地を出るまで、目的を隠ぺいしていた。

「『駅』を建設する、自動機械を手に入れる」

 乗組員は、ダハムの言葉に黙って耳を傾けている。

「自動機械が手に入れば、俺たちの恒星系を開拓できる。

 巨大なコロニーを建設する。居住性も、食糧生産も、飛躍的に向上する。

 新しい船だって作れるはずだ。

 『恵み』に頼らず・・・テロンにも頼らず、自分たちの力で食っていける。

 この恒星系の、真の支配者になるんだ!」

 兵士たちは、この言葉に喝采を上げた。

 士官だけが不安そうな顔をしたので、ダハムはニヤリと笑ってみせる。

「大丈夫だ。今まで、散々『駅』を誑かしてきた。あれと同じだ」

 ダハムは、ブリッジの壁に収められた、「豊穣の女神」像を指さした。

「いいか、『豊穣の女神』は、俺たちに恵みを--船やエネルギーや神の薬を--与えてくれた。

 今回の作戦は、女神に課された、新たな試練だ。

 俺たちの勇気が、試されている。

 任務を成功させ、女神の祝福を受けろ。

 『豊穣の女神』の加護を信じろ。以上だ」

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