第6-7話 「志願」

 9月末にレールの設置が完了すると、マリウスは軍団長ゴールディに、襲撃者の探索を提言した。

「これまでも、輸送コンテナを略奪する輩はいました。しかし建設母艦への襲撃は例がありません。このまま放置するのは危険です」

「お前が探索に行くのか?」

「はい。自分に行かせてください。

 駅の建設は順調です。レール設置が完了し、他の駅機能の設置も進んでいます。

 今から探索艦隊の編成を行い、駅稼働と同時に、探索を開始すべきと考えます」

「検討する。連絡を待て」

 地球が師走に入った頃、ゴールディがマリウスを呼び出した。

「駅が稼働したら、探索艦隊の指揮はお前に任せるつもりだ。そのつもりで準備を進めるように」

「稼働後の建設警護は誰が?」

「警護もお前の責任だ。艦隊を増強する。一部を警護に回せ」

 マリウス、ついに艦隊での戦闘任務を任されて、高揚する。自分でも異常と思うくらい、気持ちが昂る。表情には出ないが、ゴールディはその興奮を見抜いて釘を刺した。

「任務は襲撃者の拠点発見と、彼らの略奪行為を止めさせることだ。

 殲滅が目的ではないぞ、マリウス」

「分かっています」

「戦場は他にもあるのだ。お前にもっと相応しい戦場が。

 闇雲に攻撃するな。

 植民地一つに掛かりきりにならないように気をつけろ」

 軍団長との通話を終えて、司令室を出ると、タカフミとすれ違った。

 マリウスは、昂る心の中に、何か異質なものが現れたように感じた。

 自分の心が、激流になって一つの方向に流れている。その流れの中に、一本の葦があって、身を捩りながらも流れに抵抗しているような、そんなイメージが浮かんだ。

 つとめて明るい口調で、タカフミに伝えた。

「襲撃者の探索準備を始めることになった」

「それは、探索部隊の指揮官に内示された、ということですね?」

「ああ」

「おめでとうございます」

 タカフミは微笑んだ。

「彼らの正体を探ることが出来たら、自分も嬉しいです。

 地球のすぐ近くで戦闘があったんですから。もう他人事ではないと思っています」

 親指を上げて、今度はニヤリと笑う。

「仕事が増えますね? 手伝いますよ」

「ありがとう」


          **


 翌年の3月2日に、全てのトンネル掘削が完了した。

 シールドマシンは、4/25までに5台全てが、宇治工業に返却された。

 各種機能の艤装が終わり、試験を経て、4月30日、ついに「駅」が稼働した。

 戦闘から1年4か月、建設開始から2年が経過していた。

 駅には帝国語の識別コードが付与されたが、地球人と会話では「地球駅」と呼称されることになった(マリウスがそう決めた)。


          **


 その頃、タカフミは、再び総理官邸に呼ばれていた。

「宇宙に本格的に関わるのは、まだ遠い先だと考えていた」

 正面に光村首相。椅子を勧められ、着席する。

「戦闘が起こったことで、悟った。我々の意思とは無関係に、地球にやってくる者がいるのだと。その時に、対応できる手段が必要だ。

 航宙自衛隊を増強する。だが、それだけでは不十分だ。

 我々は、あまりにも銀河系のことを知らな過ぎる」

 タカフミは黙って首相の言葉を聞く。

「帝国は、襲撃者の探索に乗り出すそうだな?」

「はい。そう聞いています。既に艦隊が増強されています」

「今後も、マリウス司令の艦隊に同行して、銀河系の現状を探って欲しい。

 君が見たこと、聞いたことを、何らかの手段で伝えてくれないか。

 無茶な依頼だということは、重々承知している。

 もしも戻ってこれたならば、その時の待遇は保障する」

 タカフミは、大きく息を吸って、気持ちを落ち着かせた。

 無事戻れる保証はない。

 だが、リスクは承知の上だ。

 自分が望む未来を、これ以上、みすみす諦めたりはしない。

 自分の気持ちと、任務が、同じ線上に並んだのだ。もう迷わない。

「了解いたしました。全力を尽くします。

 自分に何かあった時は、両親の面倒を見てもらえませんか」

「承知した。期待している・・・ありがとう」


          **


 タカフミは、司令室で執務中のマリウスに会いに行く。

「探索艦隊に同行させて欲しい」

 マリウスは驚いたのだが、表情に出ない。出せない。

「タカフミ、君には世話になったから、なるべく希望に添いたいと思う。

 でも、ここから先は戦闘任務だ。危険だ」

「それは覚悟の上です」

「・・・タカフミを連れていく理由がない」

「この先の探索で、艦隊は未知の国家と接触します。

 彼らを理解したり、交渉するのを手伝います」

「私には無理だというのか?」

「この前の戦いを見て思ったんですが、あなたたちは・・・司令、あなただけじゃない。マルガリータやMIたちも含めて、やり方が直球過ぎます。

 帝国には圧倒的な物量があるので、そういった駆け引きが無くても、やってこれたんだと思います。

 でもそれでは、延々と戦い続けることになってしまう。

 だから、相手の懐に入って、相手を理解するんです。弱点だけでなく、何を望んでいるのかを」

「私やマルガリータでも、情報収集や交渉は出来る」

「確かに。でも時には、交渉に危険を伴うこともある。そんな時に、自分を使って欲しいんです」

 タカフミは、自分の胸を親指で指す。

「帝国で男は人扱いされない。つまり、自分が死んでも、司令の責任にならない。

 報告義務さえない。司令が自由に使える駒になります」

 マリウスはタカフミを凝視する。

「タカフミは、銀河系の実情を見たいのか?」

「そうです。でも、銀河よりも、もっと気になることがあります」

 タカフミは、身をかがめて、椅子に座るマリウスに近づいた。

「マリウス、君のことだ」

「・・・」

「君は、戦争のためだけに生きようとしている。

 けれど、人生には様々な選択肢がある。価値と言ってもいい。

 君にもきっとあるはずだ。

 君が、君自身の人生を切り開くのを、助けたい」

「タカフミに出来るとは思えない」

 無言で右頬に触れる。

「でも君なら、私には見えないものを、見つけてくれるかもしれないな」

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