第6-6話 「稼働」
戦闘終結後、作業船に敵艦の残骸を素早く片付けさせると、カーレンは何事もなかったように、さっさと建設現場に戻って行った。
しかし地球は、今回の戦闘で騒然となっていた。
まず、巨大円盤(カーレン)が、地球に急接近した時点で、軍部や宇宙関係者は緊張に包まれていた。
これまで小惑星帯や建設現場を回遊していただけなのに、何をする気なのか!?
すると今度は、衛星軌道上で、航宙艦同士の戦闘が勃発したのだ。
地球人類が初めて目にする「宇宙戦争」を、地球の「目と鼻の先」で目撃することになった訳だ(エスリリスのワンサイドゲームに終わったが)。
情報を求めて、日本政府や航宙自衛隊に問い合わせが殺到した。
マルガリータは次週の定期通信で、襲撃の経緯を淡々と説明した。
「襲撃者の正体は不明なんです。いやー、宇宙って怖いですね」
そう言って「地球に来たら外せない名店」紹介に移ろうとした。
だが、普段は穏やかで優しい柿原アナウンサーに「もっと詳しく教えてください!」と詰め寄られ(画面越しだが)、たじたじとなる。
結局、対話で招待した4人も呼んで、ビデオ会議を行うことになった。
「星の人」の帝国が全銀河系を支配している訳ではなく、「星の人」が認識していない植民地もあることを、マルガリータは、改めて説明した。
様々な植民地が、独自の意志で動いている。
今回の襲撃事件は、帝国以外にも、地球や太陽系に関心を持っている国が存在していることを意味していた。
「これは仮定の話ですが、帝国に、地球の防衛をお願いすることは可能ですか?」
医師のエマが尋ねた。
「私個人としては、地球の文化をぜひとも守りたいのですが」とマルガリータ。
「帝国の基本方針は、不干渉です。帝国が防衛を引き受けることはありません」
「同盟国になったら?」
「地球は私たちから見ると『内乱状態』です。この状態では、同盟国になる、という話し合いすら始められないです。残念ですが」
地球は地球人自身で守らなければならない--これが、新たな共通認識となった。
**
タカフミは、上官の梅田一尉から、ビデオ通話を受けていた。
「トンネル掘削が終わったら即撤収、でなくてもいいんですね?」
「その通り。要は、トンネル掘削が終わった後も、最大限、『星の人』の駅建設に協力しろ、ということだ」
「目的は、帝国との部隊交流の維持、ということでいいですね?
上はどんな風に考えているんですか」
「目的はまさにそれだよ。
帝国だけでも驚きなのに、他の勢力もいるなんて、勘弁してくれよって感じだな。
でも、お前の報告だと、『星の人』は、地球に当たりそうな攻撃を回避したんだろ?」
「自分はそう理解しています」
「少なくとも、駅建設に地球人の協力が必要な間は、『星の人』も地球のことを気にしてくれる、ということだ。今はまず、その期間を少しでも長くしたい」
「了解です。自分も、乗りかかった船なんで、駅が稼働するまで協力したいです」
「くれぐれも、事故を起こさないように、気をつけてな」
「はい」
**
戦闘から半年後の6月末、漸く、全長100kmのトンネル掘削が終わりに近づいた。
第1、第4工区は、既に掘削を終えていた。残るは第2、第3工区のみ。
タカフミは第2工区で掘削作業を見守っていた。カッターヘッドが回転するにつれて、岩石が音を立てて削り取られていく。その音が不規則になり、大きな岩が地面に落下して割れる音が混じった。岩石を削る音が徐々に小さくなり、そしてカッターヘッドの回転が止まった。
タカフミと第2工区の隊員は、壁面に作った小部屋に退避し、シールドマシンを後退させる。
小部屋から出ると、タカフミ達の前に、視界の彼方まで真っすぐに伸びる、第3工区のトンネルが飛び込んできた。
トンネルの終端は、霞んで見えない。
堂島と、第3工区の隊員たちが待っていた。
「タカフミさん! 貫通です!」
堂島が感極まったような、かすれた声で叫ぶと、タカフミに駆け寄り、手を伸ばした。タカフミはその手を両手でぐっと握りしめた。
そして周囲の隊員を見渡すと、腕をトンネルの奥に向けて横に振りながら、帝国語で語りかけた。
『貫通だ、諸君、貫通だ!』
隊員たちはわっと歓声をあげると、両隊がお互いに駆け寄り、抱きしめ合った。
第3工区の隊員たちの背後に、軍服姿のマリウスの姿があった。
はしゃいでいる隊員の間を縫って、タカフミに近づく。
「タカフミ、ご苦労だった」
「はい。無事貫通できて、自分は嬉しいです」
「うん」
マリウスは両手を差し出した。
「我々も、隊員たちと同じようにやろう」
「ええ? ああ、そういうことですか。そうですね、では行きますよ」
「行くぞ」
お互いが駆け寄ったので、抱擁というよりは激突になってしまった。
激突を和らげるようなクッションは、全くなかった。
髪からは、なんだかよい香りが漂ってくるが、これはマルガリータの努力の賜であることを、タカフミは知っていた。マリウス本人は、こうした身だしなみには全く無頓着なのだ。
お互いに背中をたたき合う。
「ご苦労だった」耳元で、マリウスが再び呟く。
「はい」タカフミが短く答える。
マリウスの体は小柄だが、筋肉が見事に発達している。そして、温かかった。
この温かさで、これまでの苦労が溶けてなくなるように、タカフミは感じた。
**
トンネルが完成した後は、レールの設置が開始された。
当初、マリウスは「レールは宇宙空間で組み立てておき、一気に刺す」と息巻いていたのだが、100kmあるレールを直径7mのトンネルに入れるのは、あまりにリスクが大きい。
カーレンとタカフミが必死に説得した結果、2㎞ずつ組み立てられた状態で、トンネルに搬入し、設置と接続を繰り返すことになった。
船外活動の経験豊富な隊員が選抜されて、ジルの指揮下でレール部品の搬入を行うことになった。
**
レール設置と並行して、今度は各種駅機能(MIなど)や居住区、倉庫等を作るためのトンネル掘削が継続された。
レールのトンネルのように長くはないが、様々な大きさ・方向で掘削するので、測量や設定が大変だった。
そうした中、「星の人」拠点と同じ建物が輸送されてきた。軍団長がマリウスの要請を承認し、軍団の各部隊から建物を供出させたのだ。
小さな建物に分散されるので、一塊の居住区より利便性には劣る。
それでも、安全で快適な居住空間を、短時間で構築することが出来た。
「お前にしてはよく考えた、と言われたよ」
建物が洞窟内に固定されるのを見ながら、マリウスが言った。話し方が少し嬉しそうだ、とタカフミは思った。
カーレンは、自身の部分コピーを、駅MIとして設置した。
「この子は、地球が近くにあるので、退屈しなくていいですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます