第2-2話 「マドレーヌ」
「お久しぶりです、タカフミ」
日本語だと気づくまで、時間がかかった。マルガリータを見つめながら、呆然となっていたからだ。
タカフミを盾に、顔を少し出して、堂島1曹がマルガリータを見ている。
「ほ、『星の人』の、マルガリータさんだ!」「ぎゃー、見た見た、こっち見て笑ってくれた」「二尉! 小脇二尉! 突っ立ってないで何か言ってください! 木偶の坊ですか!」
堂島1曹に促されて、タカフミはようやく挨拶した。
「お久しぶりです。マルガリータさん、ですね?」
「覚えていてくださったんですね。嬉しいです、タカフミ」
「日本語、お上手ですね! 会話ができるとは思いませんでした」
マルガリータは微笑み、それから少し顎を上げて、いたずらっぽく自慢する表情を作ると、青い制服に包まれた胸をそらした。
制服はジップフロントのフライトスーツ風。体に密着するデザインで、ボディラインが浮き上がっている。操作パネルのようなものが見えるので、宇宙服としての機能もあるのかもしれない。大きな胸や豊かな腰回りで、ちょっと目のやり場に困る。
「ええ! 頂いた辞書や本を調べて、いっぱい勉強したんです! 頑張りました!」
それから、真顔に戻ると、言葉を続けた。
「いっぱい勉強しましたが、まだ自信がありません。
なので、タカフミと話して、本当に正しく話せるのか、確かめたいのです。
皆さんのことも聞かせて欲しいですし、我々のこともお伝えしたいと思います。
腰を落ち着けて、お話ししたいのですが、よろしいですか?」
そう言って、ポッドを手で示した。
「ああ、それについては、一つお願いしたいことがあります」とタカフミ。
「ポッド・・・こちらの船ですが、着地するのはこの場所に限定してもらえませんか? 皆さんの警護や、市民のパニックを防ぐためです。
この一帯の、伐採されたところを使って頂いて構いませんので・・・」
言葉が通じない相手に、どうやって伝えるんだ、という侃々諤々の議論を過去に繰り返してきたが、日本語が通じるなら話は早い。問題は相手が受け入れてくれるかだが・・・
「柵で囲まれたところを、使っていいのですか?」
「はい、ここ限定でお願いします」
「それはありがたいです。じゃあ、少し荷物を降ろしますね」
そう言うと、マルガリータは左手首のカードを操作した。カードから音声で応答があり、マルガリータが異星の言葉で何か指示している。すると、一帯が上空から照射された。柵の内側が赤く光る。
「この赤い範囲で間違いないですね?」
「はい、間違いないです」
小さな空中ディスプレイが出現し、マルガリータがそれに触れた。「確認ボタン」を押したように見えた。ディスプレイはすぐに消失。赤い光も消えた。
何が起こるのか?と思って身構える。
すると突然、道路の向こうの保存地から、大量の土砂が空中に舞い上がった。横風やつむじ風で飛ばされたのではない。竜巻に吸い上げられた訳でもない。風を伴わず、ただ真っすぐに、土砂が空中に登っていく。残された地面はきれいな水平面になっていた。整地されている!
続いて、上空に何かが見えた。今度のは四角い。高度が下がるにつれて、ポッドよりはるかに大きいと分かった。統合指令棟より少し小さいが、30メートル四方はありそうな建物が降りてくる!今回も、音もなく着地した。
「お茶をお出ししますから」マルガリータが身振りで建物を示した。
「お入りください。あ、お茶の味はあまり期待しないでくださいね。お口に合うと良いのですが」
**
「異星船が出現した時は」と航宙自衛隊・異星船対応要綱は述べる。
「誘導棒・旗(中隊旗等)・拡声器などを用いて、保存地へ着陸するよう誘導する」。
棒や旗を振るなんて、ひどく原始的だ。しかし相手の通信方式が分からないので、無線が通じるとは思えない。結局、誘導方法はこれしかない、ということになった。何とも心もとなかった。
幸い、向こうから保存地に降りてくれた。
異星人とのコミュニケーションについては、「こちらからの接触はなるべく避け、監視に徹する。先方から接触があった場合は、隊員の安全を損なわない範囲で対応する」ということになっている。
では、あっという間に建物が設置されて、お茶に誘われた時はどうすべきか?
マルガリータに「ちょっと待ってください」とお願いして、タカフミは無線機を手に取った。
「管制室、こちら小脇です」
「建物みたいなのが降りてきたけど、大丈夫? 状況は?」
「4年前の、マルガリータさんがまた来ています。日本語を話しています。お茶に誘われました」
「・・・」
「堂島1曹と一緒に話を聞いてみます。彼らの目的などが分かるかもしれない」
「了解です。気をつけて」
道路を渡り、建物に向かう。ポッドと同じように、ハッチが浮き出した後、倒れて傾斜路になった。マルガリータが振り向いて、手招きする。
タカフミは一度立ち止まり、建物を見上げた。ポッドと同様の白い外壁で、窓はない。この建物も完全に気密構造になっているようだ。2階建てくらいの高さがある。
内部にはマルガリータの仲間が乗っているのか? 何人いるのか? このまま堂島を伴って入っても大丈夫か? 1人で入るべきか?
悩んでいると、「早く! マリウス様がいるかも!」堂島が声を張り上げた。
「は? マリウス様?」
見ると、既に堂島はハッチをくぐって、室内に足を踏み入れている。
「二尉、どの、早くして、いや、早く来るべきだと思うですよ」
マルガリータが口に手を当てて笑っている。
「いや、お前の日本語の方が怪しいだろ。慣れない敬語使うから」
ハッチは与圧室を経て、6メートル四方ほどの部屋につながっていた。ここが受付や応接室の役割らしい。
テーブル1つと椅子が4つ、置かれていた。オフィスなどで見るような実用的なデザインだ。室内も白い。マルガリータに促され、着席する。
奥のドアを開けて、少女が一人、トレイを持って入ってきた。4年前のマルガリータ達と同じ、カーキ色の軍服を着ている。タカフミと堂島に軽く会釈して、テーブルにティーポットとマグカップと焼き菓子を置くと、すぐに出ていった。言葉は無し。
「味気ないカップでごめんなさい。陶器製は割れるから危なくて。こういう頑丈な器しかないんです」
マルガリータが金属製のマグカップに紅茶を注ぐ。
タカフミが堂島を紹介する。
「堂島1曹です。私と一緒に、種子島宇宙センターの警護にあたっています」
「堂島です。よろしくお願いいたします!」
「堂島さんと呼べばいいですか?」
「いえ、堂島、でいいです」
「じゃあ、私のこともマルガリータと呼んでください」
カップに口をつけてから、マルガリータが切り出した。
「色々と質問があるのでは、と思います。何から話しましょうか」
「ではお尋ねします」とタカフミ。
「マルガリータは、我々と同じ人間、ですか?」
「ええ。よく調べれば多少の違いはあるかもしれませんが、同じ種と考えていいでしょう」
「・・・いや、しかし、別々に発生して進化した生物が、ここまで一致することって、あり得るでしょうか?」
「別々に発生したら、まあ多分、違う生き物になるでしょうね」
「ですよね?」
「別々に発生していない、ということですよ」「!」
「人類は銀河系全域に進出しているのです」
タカフミが理解するのを待つかのように、言葉を区切る。
「植民によって、人間が住んでいる星が、銀河中に無数にある、ということです」
「それは・・・我々は、地球人は、知りませんでした」
「文明崩壊を起こして、植民の歴史も技術も失ってしまった植民地があるのです。地球もそうした『遺棄植民地』の1つでしょう。我々はそう推測しています」
「文明崩壊、ですか」
「そうです。植民初期には、まだ超光速の星間航法が確立されていませんでした。恒星間の移動には長い時間がかかり、孤立した植民地が崩壊することが度々あったのです。ただ、科学技術は失っても、言葉は残っているケースが多いですね。地球のように、文字も話し言葉も変質してしまうのは珍しい。何か、よほど大きな厄災があったのでしょう」
「ああ! アトランティスとか、ムーとか、大洪水とか、文明崩壊っぽい言い伝えがありますよ!」と堂島が合の手を入れる。
「もしかしたら、植民後の崩壊が、何らかの形で伝承されているのかもしれませんね---さて、植民が進展してからかなり経過した後、星間航法が確立されました。私たちの国は、この星間航法を使って星々をつなぐ『銀河ハイウェイ』を建設しています。建設のためにこの恒星系に来て、皆さんを見つけた、という次第です」
ここでマルガリータは、紅茶を一口飲んで口を濡らした。
「脅威とならない限り、私たちは地球に干渉する意図はありません。そのことを地球の皆さんにお伝えしたいのです。
でも、言葉や文化の理解が不十分なために、上手く説明できないんじゃないか、というのが心配です。
なので、明日からしばらくの間、毎朝ここに来て頂けませんか?
お2人と少しお話しさせて頂きたいんです」
タカフミは呆然と聞いていた。遺棄植民地とは!
地球は宇宙の孤児、他に知的生命体はいない、という主張すらあるのに、実は無数にある居住地の一つに過ぎないというのだ。
ものすごい騒ぎが起こりそうだな、と心配になった。
「マルガリータさん!」
沈黙を破るように、堂島が発言した。空になった皿を見せる。
「マルガリータ、でいいですよ」
「はい。じゃあマルガリータ、このマドレーヌ、とっても美味しかったです!」
「本当ですか! それは嬉しい。それ、私がレシピを指示して作らせたんですよ」
「バターが贅沢に使われていておいしいです。あと、上に載っているピールは何ですか? オレンジに近いけど、違いますよね?」
「なるべく感じが近い果物を使っているんです。今度、元のフルーツも持ってきますね」
「嬉しいです!」
この雰囲気の中で完食したのか。すごいな堂島、とタカフミは思った。堂島の明るさに救われた気がした。
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