第2-1話 「訪問後の出来事」
わずか数時間の滞在で彼らが去った翌日、政府は「着陸」を公表した。市街地に向かうポッドには多数の目撃者があり、投稿された写真や動画が、既に大騒ぎを引き起こしていたからだ。
乗っていたのは人間だった(そのように見えた)。だが、地球にはない高度の科学技術を保有していた。音も噴煙もないポッドの飛行や、ポッドを回収した「異星船」が法外な速度(瞬間的に、光速の数分の一という観測値もあった)で立ち去ったことから、彼らは異星からの訪問者であると認められた。
世間の関心は、「彼らはどこから来たのか」「なぜ、同じ人間なのか」という2点で沸騰した。市街地の防犯カメラに映った4人の姿が繰り返し報道された。特に、金髪碧眼で笑顔を振りまくマルガリータと、対照的に無表情で佇む「黒一点」のマリウスが、異星人のシンボル的な存在として引用されることが多かった。
タカフミは「健康調査」の名目で、最初は鹿児島にある航空自衛隊の分屯基地、それから陸上自衛隊の福岡駐屯地に移され、2か月間「隔離」された。身体的な検査だけでなく、精神状態を調べるテストも行われた。最終的な判定結果は、異常なし、だった。
健康調査と並行して、「聞き取り調査」も連日、実施された。
「規律違反をした訳ではないので、『取り調べ』ではなく『聞き取り調査』にしてもらったよ」
調査に来た航宙自衛隊の三佐は穏やかな人だった。タカフミの供述は、異常な事態を思い出すために、たびたび中断したが、急かすことなく、静かに耳を傾けてくれた。
「私も宇宙が好きだから、ファーストコンタクトを扱うSFもいくつか読んだことがある。でもまさか、相手が人間で、たった半日で姿を消すとは思ってもみなかった。
だから、何が起こったのかを、正確に記録に残したい。君が経験したことは、人類の財産だと思って、細かい点まで話して欲しい」
タカフミは頷いて、ポッド降下の連絡を受けた所から、順を追って説明した。
聞き取り調査と健康調査の合間に、自分でも出来事をメモに残した。読み返して、細部を追加したり、主観と断って自分の印象を記録した。メモを書きながら思い出したことを、追加で三佐に報告することもあった。
タカフミが隔離されている間に、世間では「自衛隊の対応は適切だったのか」という議論も行われた。のんきにコロッケを食べてる場合じゃない、侵略者だったらどうするんだ、という批判だ。
タカフミにとって幸いなことに、この議論は「異星人が現れた時の対処を、決めていなかったのが原因だった」という結論に帰着した。現場の一自衛官が判断できることではない、ということだ。
こうして、異星人への対処方針が大きな政治課題になった。とはいえ、相手の正体も目的も分からない上に、対応を誤ったら地球全体にも影響があるかもしれない。政党間の意見が対立し、討論は空転を繰り返した。
やむなく、現行法規の中で許される範囲で、航宙自衛隊が「異星船対応要綱」を制定することになった。唯一の接触者として、タカフミも要綱策定のメンバーとなった。嵐のような慌ただしさの中で、1年間が過ぎていった。
翌年になると、航宙自衛隊の規模と活動が拡大された。宇宙観測拠点の建設が始まり、宇宙滞在に備えた訓練も実施されるようになった。これは航宙自衛隊にとって大きな飛躍だった。
タカフミ自身は、新たに始まった訓練に加えて、「ポッド」降下地点の保存作業も担当した。また、市民から提供された情報を整理し、接触記録の補強を行った。
だが、世間の関心は、その後、急速に薄れていった。
ファーストコンタクトから3年目になると、異星船関連の報道はほとんど見かけなくなった。そもそも、ニュースがないのだ。宇宙については、あれから変わったことは起こっていない。異星人は存在するらしいが、コンタクトする手がかりもない。気にはなるが、日々の出来事や、紛争や、エンタメや、経済のニュースに流されて、彼らの訪問は遠い出来事になっていく。
**
4年後、タカフミは種子島宇宙センターの警備責任者となり、引き続き種子島に駐在していた。
訓練の開始で、宇宙が身近になってきたのは嬉しい。かつてはロケットの打ち上げを見守るだけだった。今は宇宙が、自分たちの活動領域になろうとしているのだ。
しかしタカフミは、あの日の出来事を思い出すたびに、大切な何かを失ったような喪失感を抱いていた。
彼らは「星々の世界」に繋がっていた。宇宙への門が、手を伸ばせば届きそうな距離にあった。
なのに、行ってしまった。指の間から水が流れるように、掴みかけたものを失ってしまった感じだ。
あの半日の出来事は、本当にあったのか・・・今では時折、そんな疑問が心の中をよぎる。
マリウスから受け取った糧食は、「隔離」の際に提出を求められた。
正直なところ、渡したくはなかった。マリウスとの、貴重な思い出の品だから。
けれど、自分が私蔵するより、成分分析してもらう方が、人類のためだと思って、提出に応じた。
残されたのは、マリウスとの握手の感触だけだった。タカフミより小さいが、力強く温かい手。この感触を思い出す度に、あの出来事は本当だったという確信を取り戻す。
あれからもう4年。彼らからは何の音沙汰もない。再会は叶わぬ夢だと、諦める気持ちになっていた。
**
なので、観測拠点から「異星船出現」の報告を受けた時、タカフミは心底から驚いた。次のコンタクトがあったとしても、数十年後か、もしかしたら数世紀後ではないかと考えていたのだ。
タカフミは直ちに、非番の隊員に緊急招集をかけた。4年前、彼らはロケットの打ち上げを見て、種子島に来たのだろう。今回も同じ行動をとる可能性がある。
JAXAと航宙自衛隊のデータを総合すると、異星船(と思われる物体)が、太陽から5au(au=天文単位。地球と太陽の平均距離)離れた場所に、唐突に出現していた。
異星船は、光を放ちながら地球に向かって飛行している。観測拠点はこの光を捉えていた。光速の1/3相当という猛烈な速度。地球までは8億km以上あるが、このペースだと2、3時間で地球に到達する。異常光に気づいてから既に1時間以上経過しているので、もうすぐ到着、という切羽詰まった状態だ。
拠点の観測は光学的手法(早い話が望遠鏡だ)によるものだが、JAXAの赤外線天文衛星が高精度な観測データを提供してくれた。それによると、「異星船」の大きさは数百メートルはあるらしい。前回の「大きな影」とは比較にならない大きさだ。
堂島1曹が、管制室からの連絡を共有する。
「異星船、上空に来ています!」
「高度200㎞、なおも降下中」
徐々に声の緊張が高まる。
「高度100㎞で停止。全長は300メートル」
静止軌道の人工衛星は、高度3万6,000㎞で地球を回っている。これが地球観測衛星になると数百km。高度100kmは、かなり地表に接近した感じだ。
「何かが射出されました!まっすぐ降下している模様」
「降下しているのは、『ポッド』のようです」
「予想着地点は『ロケットの丘展望所』保存地です!」
タカフミは、堂本1曹を伴って「ロケットの丘展望所」に向かった。
「降下」以降、展望所とその周辺は「保存地」に指定され、立入禁止となった。
保存地は柵で囲われ、伐採されている。もし新たな降下がある場合は、可能な限りここに誘導する、というのが対応方針となっていた。
LAV(軽装甲機動車)1台で展望所に到着する。前回は普通車だったな、と思い起こす。LAVに武装はない。あっても意味がないと思う。
LAVの外に降りて、空を見上げる。日が長くなり、風光る4月。いくつかレンズ雲が浮かんでいて、上空は風が強そうだ。ポッドに影響はないだろうか。
「二尉! にぃ! 見えましたよ! あそこですあそこ!」堂本が叫ぶ。
「元気があって良いけど、間近で叫ぶな、耳が痛い」
「なんですか、その枯れたような態度は!? 『星の人』が来るんですよ!」
タカフミにも見えた。4年前と同じ、白い船が降りてくる。日の光を受けて輝いている。
白いポッドが、青い空を背景に、音もなく降りてくる風景は、ひどく幻想的だった。天使の降下を目の当りにしたら、こんな風に感じるのかもしれない、とタカフミは思った。
前回の着地場所には、白線でサークルが描いてある。ポッドは律義に、同じ場所に着地した。
タカフミ、無線機を指さす。堂島1曹はハッとした表情で持ち上げると「ポッド、着地しました!」と管制室に報告した。
それから2人が無言で見つめるうちに、ハッチが浮き上がった。そのまま地上に向けて傾き、傾斜路となる。
ハッチの奥に、女性が現れた。髪は肩まであって、三つ編みや団子にはまとめずに流している。煌めくプラチナブランド。
少し大きくなったマルガリータは、傾斜路を降りてタカフミ達の前に立つと、にっこり微笑んで、言った。「お久しぶりです、タカフミ」
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