第5-9話 「拘束」
タカフミから連絡を受けた堂島とマルガリータは、厨房を出て、ダンスフロアのあるデッキに向けて階段を降りていた。
そこで、銃声が響き、慌てて駆け下る。
ダンスフロアに至る通路に、男女の客室係がいた。階段から飛び出した堂島を見つめていたが、続けてマルガリータが姿を現すと、いきなり銃を抜いて駆け寄ってきた。
堂島は抱きかかえるようにマルガリータを階段に押し込み、階段を駆け上がる。
「堂島は武器はないの!?」
「一応、拳銃はありますが」
2対1では分が悪い。厨房に戻る。
オープンデッキに行くか? 反対のレストランに行くか? どちらも隠れる場所はない。
「仕方がない。これを使いますか」
マルガリータが取り出したのは、いつもの空中ディスプレイだった。今回は縦長になっている。
厨房の角にディスプレイを置き、左手のパネルを操作すると、ディスプレイに背後の壁を表示された。非常にリアルで、かつディスプレイにはふちがないので、そのまま壁が繋がっているように見える。
「ふふふ。これが光学め・・」「すごい! 隠れ蓑ですね!」
マルガリータが、格好つけた言い方をしようとしたが、堂島のストレートな表現にかき消された。
「ごほん。ところで堂島は、サムライですか?」
「は? いや、多分うちは農民だったんじゃないですかね」
「血筋は関係ないの。新選組の近藤勇も土方歳三も農民出身よ。
大切なのは、戦い続ける心なのです」
「は、はあ」
マルガリータは堂島の両手を力強く握る。そして「よいしょ」と空中ディスプレイを動かすと、その後ろに回った。またディスプレイが動くと、壁にぴったり押し当てられた。完璧な擬態で、そこに誰かいるようには全く見えない。
「あれ? マルガリータ?」
「堂島、ファイト!自分の力を信じて!」
沈黙が流れる。
「え? まさか一人用?」
返事はない。
「ちょっと、本気なの?」
しーん。
堂島、思わず叫ぶ。
「戦えよっ! 帝国軍!」
客室係の男が厨房に入ってきた。素早くあたりを見渡すが、マルガリータはいない。堂島に近づく。
「大人しくしろ。あの金・・」
「どりゃあああ!」
みなまで言わせず、正拳突きがみぞおちに炸裂し、男がくの字に曲がって吹き飛ぶ。
「大人しくなれるなら自衛隊はいらん!」
堂島は意味不明な啖呵を切った。
女の客室係が、銃を向けながら距離を取る。堂島は歯ぎしりした。殴り合いならいくらでも経験があるが、銃を構えて距離を取られては対抗できない。
男が、みぞおちを押さえながら立ち上がった。よろめいて流れた腕が、何かに触れた。
「何だ?」
訝しげに指先を眺める。何もない空間なのに、触れた感覚がある。
腕を動かすと、その感触は壁のように上下左右に広がっている。まるで透明な壁があるように。
男は近くのワゴンを引き寄せると、その上に乗った。
堂島は蹴飛ばしてやりたかったが、女に銃で牽制されて動けない。
男が透明な壁に指を這わせると、やがて壁の縁に触れた。
縁から頭を出して覗き込むと、怯えた表情で見上げる顔があった。
青いフライトスーツに金髪。
「貴様ー! 出てこい!」
「きゃあああ、見つかった(涙)」
空中ディスプレイの陰から引きずり出された。
「大人しく歩け! ダンスフロアへ行くぞ」
2人とも銃を突きつけられる。やむなく並んで歩いて下のデッキに移動する。
「ちょっと。もう少しまともな道具はないの!?」
「道具って・・・堂島は私を何だと思っているの」
「青いからドラミではないよね」
「黙って歩け!」
**
3人を縛り上げ、ダンスフロアを出ようとすると、入り口に再び人の気配があった。
入ってきたのは、堂島とマルガリータだった。堂島は厳しい表情でマリウスを見ている。マルガリータは半泣きでガクガク震えていた。
銃を2人に向けて、客室係の女が入ってくる。
「抵抗すれば、この2人は殺す」
続けて入ってきた男が言った。
「マリウス、私たちには、か、構わないで。ブチのめして」
マルガリータは気丈に言ったが、恐怖で足が震えている。
こんなに怖がっているのに、それでも「構わずに戦え」と言うなんて、意外と根性あるなと堂島は見直した。恐怖を感じないことではなく、感じた恐怖を乗り越えることに意義がある。
マリウスは2人を見て、無表情に嘆息すると、男に向かい、
「取引しよう。2人を放せ。そうすれば、手錠を受け入れよう」
「馬鹿な。取引できる立場か?」
「馬鹿はお前だ」マリウスには微塵も動揺の色がない。
「ここで取引しなければ、お前たちに私を拘束するチャンスはない」
上の方、フロアの天井よりも更に高い位置から、何かが割れるような音がした。
悲鳴が続く。そして窓の外を、2人の男が叫びながら落ちていった。
「くそっ」男は、残された時間が少ないことを悟った。
「お前たち、行け。変なそぶりを見せたら、こいつを撃つぞ」
「マリウス様!」堂島が叫ぶ。
マリウスは「いいから行くんだ」と扉を示した。
扉が閉じる際に、堂島は振り向く。マリウスが前に差し出した両手に、手錠がかけられるのが見えた。
「マリウス様が攫われちゃう!どうする!?」
傍らのマルガリータに尋ねようとした。が、いない。
振り向くと、既に通路の突き当りを曲がって姿を消すところだった。
50m走で世界記録が出せそうなスピードだった。さっきまで、生まれたばかりの鹿の子供みたいに、足をガクガク震わせていたのに!
「逃げ足だけ一人前か!」
わめくと、堂島も後を追って駆け出した。
**
海に面した通路に出て一息つくと、マルガリータは、左手のパネルで緊急通話を起動。ポッド経由でエスリリスに接続すると、叫んだ。
「ステファン! 助けに来て!」
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