第九話 悪しかる咎持ち
草の匂いがする。
室内。
昼なのに暗い。
最低限の明かり取り(窓)しかない、赤い土壁の小屋のなかだった。
ところどころ、赤土の床が見えている。
藁はほどほどの貯蔵のようだ。
眼の前には
ここには自分と
藁の上で、両手足を縛られ、口を布で塞がれ、転がされている比多米売の隣りに、
「よっと。」
と四十歳くらいの
比多米売は、ずり、ずり、と這い、
男はニヤリと下卑た笑いを浮かべ、藁を
(いや!)
比多米売が男をきっ、と
「げっへっへ。」
と
(遊ばれてる。こんな
比多米売の胃の腑が屈辱にかあっと燃える。
「ここまであっけなかったな。
は、しばらく暇だぜ。教えてやろうか。日暮れまでだよ。何もしねえから安心しな。」
「………。」
何のつもりよ、なんであたしをこんな目に! 許さない、今すぐ
たくさん言ってやりたい事はあったが、口をふさがれたままだし、下手に
「ああ暇。」
「少し話をしてやろうか。
オレはこれで、良い
もっと
そう、オレは、こんなところで終る
オレは腕が立つ。自分の売り込みは、自分で動いていかないとな。
げへへへ。」
自分の売り込みは、自分で。
そんな至極当然のことを偉そうに語って、バカな
比多米売は、フンッ、と鼻をならしてやった。
静かだ。
小屋の明り取りから、さわさわと木の梢が風にそよぐ音がする。
山鳥が、ぴいい、ぴいい、と啼く声がする。
長い時間、そのままで過ごした。
一度、右目に刀傷のある
「お
と、外に連れ出され、水を飲まされ、握り飯を与えられた。
ここは知らない山の小屋だった。
小屋の明り取りから差す日差しが、西日になった頃。
右目に刀傷のある
憎々しげに比多米売を見て、
「やっぱりおまえはいらないとよ!
おまえ、どんな
とんだ手間とらせやがって……!」
いきなり
(いやっ!)
「むううー!」
ぞっとした比多米売は、縛られている口で叫んだ。
「
(いや! いや! こんな男なんかに……! 大川さまっ!)
首をふり、叫び、縛られた両手足で暴れるが、
桜色の
「へえ! こいつは驚いた。でかいねえ。」
と
(殺す。)
純然たる殺意がわいた。
(あたしの自慢の乳房を。
あたしの玉の肌を。
よくも触ったな。
あたしは、大川さまに愛されたのよ。おまえなんかが、指一本だって触って良い身体じゃないのよ。
許さない。殺してやる。)
まだどうやって殺すかわからない。
方法はこれから探す。
比多米売は真っ赤な怒りのなかで、さっと目をあちこちに走らせ、どうやったらこの
「───げぐぅ。」
男の身体の中央から剣が生えていた。
(え……?)
比多米売はわけがわからない。
───まさか、殺してやりたい、と願ったから、天から
そのままその
(大川さま……?)
「屋敷に侵入した
(……違う。)
感情のこもらない、冷たい口調。
血濡れた剣を持った若い
大川さまの兄上。
比多米売は顔は知っているが、直接話をしたことは、もちろん、ない。
(大川さまに頼まれて、あたしを救いに……?)
大豪族の
女官達の噂話で知っている。
(大川さまの為に、あたしを救いに来てくれたんじゃなさそうだわ……。)
何より、広河さまの、こちらをただ観察する目。その目に
「動くな。」
広河さまは冷ややかに言ったかと思うと、比多米売の首に剣を当てた。
(ひぃ……!)
恐ろしくて、身体を固くすることしかできない。
しゅっと音がして、剣が下から上へ滑らかに軽く動き、口の縛めがとけた。
顔も首も、剣は触れていない。
だが恐ろしくて、荒い息をつく事しかできない。
「腕もだせ。」
ごろりと寝そべり、背中を広河さまにむけて、じっとする。
剣が振り下ろされる微かな風を感じて、腕の縛めがとけた。
比多米売は息を整え、広河さまの方をむき、
「ありがとうございました。」
とやっと礼を述べる事ができた。
「
広河さまが平坦な声で聞いた。
比多米売は、はっと顔をあげ、
「いえ……、いえ……! 違います! 決して……!」
と言い募るが、下半身──
ほとんど露わとなっている。
このような姿でどれだけ信じてもらえるだろう。
比多米売は下唇を噛み、肌を隠せぬ
「うっ、うう……。」
泣き出した。
「まあ、本当に手籠めにされかけただけなのかもな。
だがおまえに帰る場所はもう無い。
賊に汚された女官なぞ、屋敷をほっぽり出されるだろう。
とくに大川は……。」
そこで広河さまは言葉を切り、ゆっくり
「大川は潔癖だからな。
他の
比多米売はしゃくりあげながら、目の前が真っ暗になった。
心のどこかで、何かがガラガラと音をたてて崩れ落ちた。
比多米売は地面を見つめ、岩になった如く、動くことができない。
(これは……、何の悪い夢なのだろう?
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