第二十一話 萬年通寳は、ぜに
「あっ! やっちまった!」
折れた剣の切っ先が勢い良く飛んで、遠くの土の地面に、ポトッと落ちた。
三虎は慌てて、剣の断面を見た。
「バカめ!」
「でぇ!」
「武器を送って、鉄不足のところに、何やってやがる!」
できたばかりの
平城京から命令があり、
「ちっ。今日はこれまで。」
八十敷が宣言し、
「うぅ。申し訳有りません……。お怪我はありませんか? 加巴理さま。」
「怪我はない。ふふ、しょげるな。
三虎、良いものをやろう。」
加巴理は、懐から取り出した金色の
くるくる……。
小さな、親指の半分ほどの大きさの、青銅製の
「!」
驚いた三虎は、折れた剣を地面に落とし、なんとか両手で銭を受け止めた。
「
教えてやると、三虎が、
「へぇ……。ぴかぴかだ。」
と手のひらの
色は、鈍い金色。丸い通貨、四角の穴。
三虎は裏返す。裏には、文字はない。
「その
「……げ。それって無理ありません?」
三虎が顔をしかめた。
「
「そうだな。」
苦笑しながら、
(私も、そう思う。)
「こうやって、土産でいただくのは、珍しくて良いですね。ありがとうございます。」
三虎が嬉しそうに口元を
* * *
兄上は、二年前に大人の名を父上から頂戴した。
今はもう、竹麻呂ではなく、
兄上と、
十一月、
兄上のように、
新嘗祭は、新しい名を持った加巴理の、お披露目の意味もある。
加巴理が
練習は、難しいものではない。
だが、……気詰まりだ。
兄上は、
一緒に天を舞う龍を踊っているはずなのに、氷の
練習が終わり、兄上は雅楽の師に礼をとり、すぐ部屋を出ていった。
(今日こそは。)
加巴理は、
涼しく乾いた秋風が頬を撫でる。
「兄上!」
思い切って声をかけると、従者である
ついで、兄上が不愉快そうに振り変える。
伊可麻呂は兄上の顔を見て、従者らしく、
「私も、大人の名を頂戴します。
ともに
心を込めてそう言ったが、兄上はけむたそうに顔を
「言いたいことはそれだけか。」
そう言って
「兄上! 父上は、月に二回しか会いに来てくれません。私は、寂しい、と思いながら、それを父上に言えたことは、一度もありません。……兄上は、どうですか?」
背中に強く声を投げかけた。
加巴理のところにも、兄上のところにも、父上が訪れるのは、月二回。
女官達の噂話で、そのことは、互いに筒抜けだ。
兄上は立ち止まり、ゆっくりと振り返り、
「……寂しい、と。」
「はい。」
加巴理が答えると、兄上の眼差しが揺れ、
「おまえも、私も……。」
その続きは消えた。
ただ黙って、兄上は悲しげな顔で、静かにこちらを見た。
(そう……、私も兄上も、父上から愛されていない。不思議なくらい……。)
初めて、血の繋がる兄上と、わずかに心が
自分も兄上も、身体の器に抱えきれないほどの悲しみを抱え、その悲しみが
兄上はすぐ目を伏せ、いつもの冷ややかな顔に戻り、
「たたら濃き日をや(良き日を)。」
と背を向けてしまった。
「たたら濃き日をや。」
加巴理は遠ざかる背をまっすぐ見守った。
庭には
どこかでヒタキ(
ヒッ カカ…… ヒッ カカ……
と高く
兄上が見えなくなってから、後ろで控えた三虎が、
「加巴理さま。ご立派です。」
と静かに言った。
「ありがとう。」
加巴理は、緩やかに笑った。
(今は、これで良い。)
すぐに関係を変えるのは無理だろう。
(少しずつ、歩み寄っていければ良い。
まだ私は十歳で、兄上は十二歳なのだから。
この先は長いのだから───。)
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