第二十話 是迩《ぜに》は人の名前
夏が終わり、
兄上、竹麻呂は、加巴理を遠巻きに見る。
会話はない。
「ふん。」
兄上は鼻を鳴らして、こちらに
従者の
そういう時、三虎を目の端で捉えると、無表情で───、でも、こめかみがピクピクしている。
加巴理は、兄上との間に透明の壁があり、同じ場所にいても、違う場所で過ごしているかのような錯覚を得る。
兄上は積極的に、こちらと関わらないようにしているのようだった。
特に無茶な要求をされるわけでもなく、叩かれるわけでもなく、不思議と、何事もなく、月日は流れる。
───兄上の静けさは、
* * *
翌年。
春。
十五歳になった
自分の力で、入団の試しをくぐり抜け、合格を勝ち取ったようだ。
「えへへ……、久しぶり。衛士、なれたぜ。」
そう照れたように笑った、鼻がぺちゃんこの
「待ってたぞお───! 良く来たな!」
と
「無事だったか。来てくれて嬉しい。衛士として、励んでくれ。」
と加巴理は笑った。
去年の冬、恐ろしい
しかし、
普段無表情な三虎も、
「やっぱり、
と
「歓迎する。……相撲だ!」
三虎は太ももをパンと打ちながら、力の入った顔で言った。
さっそく、布多未と三虎は交代で相撲を
加巴理はそれを微笑ましく見る。
加巴理は……、見習い衛士と相撲はしない。
ここはもう、
(布多未や、三虎は、良い。
でも私は、
私の稽古は、
私は、
* * *
月日は流れ。
加巴理、十歳。秋。
「ハァイッ!」
加巴理は気合を飛ばす。
右足を大きく踏み出し、ぐぅっと身を沈め、
「良し!」
武芸の師は余裕のある声を発し。
ガン!
八十敷が両手で持った鉾の柄で、加巴理の鉾は防がれてしまう。
弾かれ、瞬時
また背を通し、殺傷能力のない穂先を師にためらいなく叩き込む。
師は大柄なのに身軽に動き、膝が土にかするほどの低姿勢で、加巴理の低い一閃をかいくぐった。
数合、激しく鉾を打ち合う。
鉾は、刺して良し、切り裂いて良し、長い柄で打って良し、
とくに、騎馬戦においては、枝刃で、敵方の
危ないから、まだ騎馬での鉾の訓練はさせてもらえないが。
もちろん、どれも、熟練の技があってこそ。
そして、師の鉾さばきは、全てを織り交ぜ、疾風のごとく素早い。
二人の
「うっ!」
鉾を振りかぶった隙。
師の鉾の柄が恐ろしい速さで閃き、加巴理の腹に横一直線に食い込んだ。
衝撃で足が地面から浮いた。
派手に後ろにふっとんだ加巴理は、背中で土に着地した。
ぐぅ、と
「ここまで!」
師が終了の宣言をするのは同時だった。
「……ふぅ。」
身体から力が抜ける。
ゆっくり起き上がった加巴理は、その場で座り込む。
「良い動きでしたぞ。鉾を上に構える時は、もっと、相手の右腕にご注目ください。」
軽く息の弾んだ師は、にこやかに笑い、
「これからも、今まで通り、型の練習をかかしてはなりません。良いですな?」
と右手で加巴理を助けおこした。
「はい、ありがとうございました。」
立った加巴理は、礼の姿勢をとる。
「次は弓ですな。」
「はい!」
元気に返事をすると、離れて見ていた三虎が、さっと歩み寄り、
「どうぞ。」
「ありがとう。」
ちなみに、三虎はもう、
八十敷から送られたという、
加巴理は、かわらず髪を下半分、胸下に垂らし、上半分、後頭部で小さな
鮮やかな白、橙、翠、濁った白が複雜に絡みあい、そこに銀色に輝く花模様が見える、美しい
三虎は加巴理から瓢箪を受け取ると、今度は弓と、矢の入った
「どうぞ。」
「ああ。」
もう三虎は、自分の
三虎と並び、矢を打ち込む。
ビン、弓弦が弾かれる音。
ピュウ、矢羽が風を切る音が、次々と生まれ、加巴理は唸る。
「うー、まただな……。」
三虎は五矢、真ん中に命中。
加巴理は、三矢、命中。二矢は、真ん中からはそれた。
「少しは外してみろ。」
加巴理は、三虎の額を小突いてやった。
「冗談じゃありませんね。鉾の腕では、負けているんです。絶対、弓では勝ちます。」
相変わらず、ムッツリした可愛げのない顔で、三虎は淡々と言う。
「もう一度。」
八十敷が
そして、弓矢の稽古のあと。
加巴理と三虎が鉄の剣を撃ち合った、剣の稽古で───、三虎は剣を折った。
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