第十一話  入魂の泥だんご

 父上──八十敷やそしきは、医務室の寝床に加巴理かはりさまをそっと寝かせ、医者が問題ない、と言ったのを聞いたあと、すぐに広瀬さまの警護に戻っていった。


 加巴理かはりさまは、すぐに目を覚ました。


「加巴理……、うっ……。」


 宇都売うつめさまが、加巴理さまの胸のあたりのふすま(掛け布団)に突っ伏して、泣き始めた。

 母刀自──鎌売かまめが宇都売さまの背中をさする。

 三虎は泣きながら、


「加巴理さま……! 大丈夫ですか。オレ、オレ……、申し訳ありませんでした。」


 と寝床に顔を近づけた。

 加巴理さまはため息をつき、


「三虎のせいじゃないだろ。」

「いえ、オレが……、せめて、加巴理さまだけでもお守りするべきでした。

 オレは、加巴理さまの一番の従者だっていつも言っておきながら………。」

「そこまでだ。」


 加巴理さまが左手をあげて、三虎の額を小突いた。


「お前は私のただ一人の乳兄弟ちのとで、一番の従者だろ……。」


 頬が痛むのだろう。顔をしかめ、


「私を思うなら、もう兄と揉めるな。………。」


 投げやりに言葉を吐き捨てた。三虎は、


「はい。」


 と返事をしつつ、


(加巴理さまらしくない。)


 と、身体を強張こわばらせた。

 加巴理さまはうつろに天井を見つめた。

 その目には、いつもの輝きはなく、すさんだ色があった。


「加……。」

「三虎。あまり喋らせてはいけないわ。」


 そう母刀自──鎌売かまめに肩を抱かれた。

 母刀自は、秋萩児あきはぎこ大路売おほちめに目配せし、宇都売さまに礼をし、三虎を医務室から連れ出した。




 簀子すのこ(廊下)にでた。


「母刀自……。加巴理さまは大丈夫だろうか。なんだかいつもと違う。」

「あんな事があったんだもの。」


 いつも鬼の如く怖い母刀自は、今だけは悲しそうな目で、三虎を見下ろした。

 三虎は唇をかみしめて、うつむいた。


「……加巴理さまを打った父上が、オレ、やっぱり許せない。

 母刀自。オレ、どうすれば………。」


 母刀自が、慈しみ深く微笑んだ。

 母刀自は、宇都売さまとはまた違って、綺麗だ。


「あれは、あれで良かったのよ。

 武芸の師である父上に殴られるより、他の衛士えじに殴られたほうが良かった……?

 違うでしょう?

 あれは、広瀬さまの情けよ。あたしも、ほこで打て、とまでおっしゃるとは思わなかったけど………。」


 母刀自は、信じられない、というふうに首をふり、


「父上にむかって、打て、と叫ばれた加巴理さまは、ご立派よ。

 今回、鮮やかに大人の武人を倒されたし、広瀬さまから罰を頂戴する時も、堂々とした態度だった………。

 加巴理さまの人気は高まるわね。」

「そう……。そして、加巴理さまは、竹麻呂さまの家来だ。ずっと死ぬまで。それが皆に印象付けられた。」

「三虎!」

「同じ上毛野君かみつけののきみの血をひいてるのに。母刀自が良民りょうみん(平民)というだけで……。

 加巴理さまのほうが、よっぽど優秀なのに!」

「三虎……。こればっかりはどうしようもないわ……。竹麻呂さまだって、優秀な方よ……。」


 そう言う母刀自の目は涙で濡れている。


「おいで。」


 と手を広げた母刀自に、三虎は淡く抱きとめられた。

 母刀自は、いつもの堂々とした声ではなく、細く揺れる声で、


「父上を許してあげて……。本当は、あんな事したくなかったはずよ。

 でも加巴理さまが、打て、と仰ってくださったから。

 加巴理さまは情け深い方よ。

 そして、悧発りはつでいらっしゃる。

 もし打てなかったら、父上も罰を頂戴することになる。

 そして、父上は、きっと迷ったのね。

 それが分かって、打て、と口にしてくださったの。

 あたし達親子は、加巴理さまに感謝しなくてはね……。」


 母刀自が鼻をすすった。

 三虎は母刀自の胸で、こくん、と頷き、母刀自の背中に手をまわし、トントン、と優しく叩いてやった。


「オレは加巴理さまを守る。

 もっと、冷静になる。父上のことも……。稽古でのしてやる。それで許す。」


(まだ勝った事はないけれど。)


 母刀自が、ふふ、と笑い、震える声で、


「それで良いわ………。

 あなたはそれで良い。

 加巴理さまの乳兄弟ちのとだもの。

 あなたは加巴理さまの剣にも盾にもなりなさい。

 何があっても、命にかえても、加巴理さまをお守りするのよ………。」


 そう言い、ぎゅう、と三虎を抱きしめた。

 涙が額にかかる。

 三虎は、もちろんです、と言おうとして、あまりに母刀自の力が強いので、言うことができなかった。





   *   *   *

 




 それ以来、加巴理さまは笑わなくなった。

 人が変わったように、勉学にも身が入らない。博士の話を聞いていない。

 宇都売さまがいろいろ話しかけても、上の空。

 ずっと黙って、塞ぎ込んで、寝床に伏してしまう事が多くなった。

 三虎が、


「外に遊びに行きましょう。」


 と誘い、


「………ああ。」


 と返事しても、少し外で遊んだら、ぷいと室内に入ってしまう。


(オレは役立たずだ。)


 泥だんごを作った。これ以上ない、大きく、丸く、つやつやと輝く池の水面のような、立派な泥だんご。しかも、三つ!

 正直に告白しよう。一刻(2時間)かかった。魂のこもった完璧さを求めるなら、妥協してはいけないのさ。



 の刻(午前9〜11時)



 加巴理さまは、寝てる。

 その寝床の側の机に、柏葉かしわばをしいて、その上に、三つ、泥だんごをそっと置く。

 ───大、中、小?

 違うさ。

 三つとも同じ大きさなのさ……!

 えへへ。すげえだろ?

 加巴理さまが目を覚ましたら、きっとこれで………。








 それでも、加巴理さまは、笑わなかったんだ。

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