第十一話 入魂の泥だんご
父上──
「加巴理……、うっ……。」
母刀自──
三虎は泣きながら、
「加巴理さま……! 大丈夫ですか。オレ、オレ……、申し訳ありませんでした。」
と寝床に顔を近づけた。
加巴理さまはため息をつき、
「三虎のせいじゃないだろ。」
「いえ、オレが……、せめて、加巴理さまだけでもお守りするべきでした。
オレは、加巴理さまの一番の従者だっていつも言っておきながら………。」
「そこまでだ。」
加巴理さまが左手をあげて、三虎の額を小突いた。
「お前は私のただ一人の
頬が痛むのだろう。顔をしかめ、
「私を思うなら、もう兄と揉めるな。………わかったろ。」
投げやりに言葉を吐き捨てた。三虎は、
「はい。」
と返事をしつつ、
(加巴理さまらしくない。)
と、身体を
加巴理さまは
その目には、いつもの輝きはなく、
「加……。」
「三虎。あまり喋らせてはいけないわ。」
そう母刀自──
母刀自は、
「母刀自……。加巴理さまは大丈夫だろうか。なんだかいつもと違う。」
「あんな事があったんだもの。」
いつも鬼の如く怖い母刀自は、今だけは悲しそうな目で、三虎を見下ろした。
三虎は唇をかみしめて、
「……加巴理さまを打った父上が、オレ、やっぱり許せない。
母刀自。オレ、どうすれば………。」
母刀自が、慈しみ深く微笑んだ。
母刀自は、宇都売さまとはまた違って、綺麗だ。
「あれは、あれで良かったのよ。
武芸の師である父上に殴られるより、他の
違うでしょう?
あれは、広瀬さまの情けよ。あたしも、
母刀自は、信じられない、というふうに首をふり、
「父上にむかって、打て、と叫ばれた加巴理さまは、ご立派よ。
今回、鮮やかに大人の武人を倒されたし、広瀬さまから罰を頂戴する時も、堂々とした態度だった………。
加巴理さまの人気は高まるわね。」
「そう……。そして、加巴理さまは、竹麻呂さまの家来だ。ずっと死ぬまで。それが皆に印象付けられた。」
「三虎!」
「同じ
加巴理さまのほうが、よっぽど優秀なのに!」
「三虎……。こればっかりはどうしようもないわ……。竹麻呂さまだって、優秀な方よ……。」
そう言う母刀自の目は涙で濡れている。
「おいで。」
と手を広げた母刀自に、三虎は淡く抱きとめられた。
母刀自は、いつもの堂々とした声ではなく、細く揺れる声で、
「父上を許してあげて……。本当は、あんな事したくなかったはずよ。
でも加巴理さまが、打て、と仰ってくださったから。
加巴理さまは情け深い方よ。
そして、
もし打てなかったら、父上も罰を頂戴することになる。
そして、父上は、きっと迷ったのね。
それが分かって、打て、と口にしてくださったの。
あたし達親子は、加巴理さまに感謝しなくてはね……。」
母刀自が鼻をすすった。
三虎は母刀自の胸で、こくん、と頷き、母刀自の背中に手をまわし、トントン、と優しく叩いてやった。
「オレは加巴理さまを守る。
もっと、冷静になる。父上のことも……。稽古でのしてやる。それで許す。」
(まだ勝った事はないけれど。)
母刀自が、ふふ、と笑い、震える声で、
「それで良いわ………。
あなたはそれで良い。
加巴理さまの
あなたは加巴理さまの剣にも盾にもなりなさい。
何があっても、命にかえても、加巴理さまをお守りするのよ………。」
そう言い、ぎゅう、と三虎を抱きしめた。
涙が額にかかる。
三虎は、もちろんです、と言おうとして、あまりに母刀自の力が強いので、言うことができなかった。
* * *
それ以来、加巴理さまは笑わなくなった。
人が変わったように、勉学にも身が入らない。博士の話を聞いていない。
宇都売さまがいろいろ話しかけても、上の空。
ずっと黙って、塞ぎ込んで、寝床に伏してしまう事が多くなった。
三虎が、
「外に遊びに行きましょう。」
と誘い、
「………ああ。」
と返事しても、少し外で遊んだら、ぷいと室内に入ってしまう。
(オレは役立たずだ。)
泥だんごを作った。これ以上ない、大きく、丸く、つやつやと輝く池の水面のような、立派な泥だんご。しかも、三つ!
正直に告白しよう。一刻(2時間)かかった。魂のこもった完璧さを求めるなら、妥協してはいけないのさ。
加巴理さまは、寝てる。
その寝床の側の机に、
───大、中、小?
違うさ。
三つとも同じ大きさなのさ……!
えへへ。すげえだろ?
加巴理さまが目を覚ましたら、きっとこれで………。
それでも、加巴理さまは、笑わなかったんだ。
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