第十七話  布を織らされまして

 加巴理かはりは毎日、郷のわらは達と遊んだ。

 皆、家の仕事や、畑仕事があり、自由に遊べる時間は、私達ほどはない。


「団子の加巴理かはりさま! 遊ぼう!」


 その時々で、三人だったり、二十人だったり、人数がまちまちのわらは達と一緒に郷を駆け、果実を探し、釣りをし、相撲をとり、野原に寝っ転がり、遊ぶ日々。

 楽しい! よく笑った!

 眩しい夏。





 加巴理は、一切勉強をしない。

 時々、衛士えじを相手に武芸の稽古をする。

 もともと、稽古が嫌だと思った事はないが、韓級郷からしなのさとでする稽古は、なぜか、格段に楽しかった。






 ある日は、雨上がり、三虎が、


「おほぁ───! 泥だんごの極楽浄土だ!」


 と訳のわからない事を叫びながら、庭で泥だらけになり、にっこにっこ笑顔で泥だんご作りにいそしんだ。


「どうです? すごいでしょう。大きさといい、輝きといい……。なかなかこんな泥だんごは作れるものじゃありません。」


 と、うっとりした顔で三虎が泥だんごを見せてくるので、加巴理は、うん、うん、と頷いてやった。


 正直、三虎と同じように泥だんごで興奮はできない……。






 ある日は、郷の人々にまざって、水をはった田の、耘耔うんし(この場合は、雑草とり)をした。

 衛士の老麻呂おゆまろは、田に入らず、畦道あぜみちに立つ。

 泥水を小さな虫がすーい、すーいと泳ぐなか、大勢で、ずぶずぶと田に入る。

 せっせと雑草をとりながら、加巴理の隣に並んだ葉加西はかせが、


「初めて会った時の三虎は、むっつりした表情で、可愛げがなくって、そりゃあ驚いた。」


 と言った。

 それを聞いて、三虎は唇をとんがらせ、


「ふん。」


 とだけ言った。葉加西はかせはくっ、くっ、と笑って、


「はじめ、かにをオレがとったのが、そんなにしゃくなのか、って思ったけど、その後もずっと、今だって、むっつりした顔だよな、三虎って。

 いつもこうなんだな、加巴理さま。」


 とこちらに話をふるので、


「そうだ。緑兒みどりこ(赤ちゃん)の頃から、こんな顔だ。」


 と、にっと笑って言ったら、


「あはは! そいつはしょうがねぇや!」


 とからからと葉加西はかせは笑った。

 つられて、加巴理も、ははは、と笑う。


「それでも、私の大事な、たった一人の乳兄弟ちのとだ。」


 田の泥にためらいなく手をつっこみ、雑草を引き抜きながら、はっきりと言う。


「へへ、あんたらさ、仲良しで、良いよなあ。」


 葉加西はかせは明るく言った。

 ふっ、と三虎が笑った気配がした。


 少し離れたところでは、布多未ふたみが雑草を引き抜く時に力をこめすぎたのか、足を滑らせ、稲をつぶしてはならぬとばかりに、びょっ、とまっすぐ姿勢の横向きで稲の隙間の泥に倒れ込み、


「どわあああ!」


 と派手に声をあげていた。

 どっ、とまわりの人々が笑う。





   *   *   *





 三虎は、韓級郷からしなのさとでの加巴理かはりさまの変化を、喜びとともに見守っていた。


 加巴理かはりさまは、いろんな事に興味を示す。

 昨日は、遊び仲間のわらはが家の庭先で藁紐わらひもを編んでいるのを見て、


「私もやる!」


 とそのわらはの隣りに腰をおろして、覚束おぼつかない手付きで藁紐わらひもを編み、


「できた! できたぞ!」


 と喜んでいた。

 そして今朝、郷長さとおさの屋敷で、うーん、と伸びをした加巴理さまは、


「布を織っているところを見たい!」


 と言いだした。

 布多未がぎょっとした顔をして、


「布……。おみなの仕事じゃねえか。おみなばっかのところなんて、オレ、行かない……。」


 布多未はお供をほっぽりだした。


「じゃあ、あんたは、文字の手習いを教えてやるわ! 三虎はしっかり書けるのに、あんたの文字ときたら……。」


 いつの間にか現れた母刀自が布多未の襟首をつかみ、


「ぎゃっ! 鬼に捕まった!」


 と騒ぐ布多未を奥の部屋に引きずり込んでいった。


(……オレは何も見なかった。)


 三虎はそう思うことにした。








 郷長さとおさの屋敷の、居間。

 四十人は入れる大きな部屋で、おみなばかりひしめきあい、腰に紐をまいて、布を織っている。


 柱に糸をくくりつけ、一人ずつ座り、唄いながら、を縦糸と縦糸の間に滑らせる。

 




 ※大宮おほみやの  ちひ小舎人こどねり  や 


 手手ててにやは  手手にやは


 たまならば  手手にや 


 玉ならば


 ひるは手に取り  や  よるはさ


 手手にや


 夜はさ 手手にや。


 

宮中きゅうちゅうの、背の低い舎人とねり──宮中に使える人よ、

 かわいい舎人とねりよ、

 玉ならば、手に入れられるでしょう。

 玉ならば、昼は手にとり、夜は一緒に寝るのですよ。

 手に入れられるでしょう。)




 



 大勢で声をあわせて唄う。を滑らせる、しゅう、という音と、木の棒で、とんとん、と布を織り上げていく音が、小気味よく部屋に響く。


「……やってみたい。」


 加巴理かはりさまがもらす。


「えっ!」


 三虎は驚く。


(だって、おみなの仕事じゃん……。)


「この機会を逃したら、もう絶対やってみる事はない。やる。」


 目をきらきらさせながら、加巴理さまが言った。三虎は無言になる。


「あはは、良いですとも。」


 親切そうに笑ったおみなが、加巴理さまを座らせ、糸を柱に張りはじめる。

 三虎が側で見てると、


「じゃあ、あなたはこっちね。」


 と他の女に手をとられた。


「ええっ? オレは……!」

「はいはい、座って。」

「え、なんで? なんで!? 」


 いつの間にか、を握らされている。逃げられない。

 そして、なぜか三虎まで布を織るはめになった。

 それは、昼餉の休憩を挟んで、一日作業となった。

 加巴理さまは喜々として白い布を織り続けた。


「こう、地道に布が織りあがっていくのを見てると、気持ち良いなあ!」


(そうなの? 飽きない? 本当に飽きない?)


 三虎は途中、


「歌声が小さい。ちゃんと声を出して。」


 と何回もおみな達から注意された。


(なんでだあ!

 加巴理さまが楽しそうなのは良い。

 だが、オレは恥ずかしい……。)


 そう思いつつ、頑張って声を出し、唄った。








 ちい小舎人こどねり  手手ててにやは


 手手ててにやは  たまならば


 手手にや  昼は手に据ゑすえ 


 夜は我が手手にやは  手手にやは……




(かわいい舎人とねりよ、

 玉ならば、手に入れられるでしょう。

 玉ならば、昼は手に据え、夜はわたしの、この手に。

 手に入れられるでしょう……。)











※参考……古代歌謡集  日本古典文学大系  岩波書店

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る