第十八話 啾々哭泣 〜しゅうしゅうこっきゅう〜
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※
* * *
大川、十六歳。
十月。
巳三つの刻(午前10時)
「は……、墓を見るまでは信じぬ。」
桔梗色の衣を埃にまみれさせ、朝からずっと馬を駆り、疲労の滲んだ顔で、
十八歳だった。
まず、母刀自の
出産後、
それに一日遅れて、広河は黄泉に渡ったという。
ずっと高熱にうかされ、産まれた我が子を一度も腕に抱くことなく。
奈良に、危篤の早馬を向かわせたが、上野国から奈良まで、早馬でも片道十四日はかかる。
重量のある
危篤を知り、奈良からすぐさま駆けつけたが、
「もう……、二十六日前に、黄泉にくだった……?」
いや、わかっている。
途中の宿で、もう黄泉にくだったと人から聞いた。
しかし、信じられない。
「こちらです。」
新しい盛り土と、大きな丸い石が置いてある。
「何か……、兄上は……言っていたのか? 最後に……。」
「はい、転ぶぞ、
大川は、すこし間をおいて、
「一人にしてくれ。」
と言った。
八十敷と三虎は離れる。
十月の末の、寒い日だった。
ひょう、と風が吹き、ちらちらと白い雪が降り始めた。
(なんだそれは……。なにが、転ぶぞ、比多米売、だ……。)
大川が奈良へ発つ朝、兄上は姿を見せなかった。
だから、十二月の
「他の
この
あれが直接、かけられた最後の言葉だ。
(なんだ、それは……。)
やはり、墓を見ても、まだ信じられぬ。
* * *
墓の前で
離れて見守る三虎は、無言でじっと大川さまを見つめた。
それ以外、何ができるだろう……。
大川さまは微動だにしなかったが、突然、膝から崩れ落ち、うめきながら、頭を雪の地面に叩きつけはじめた。
「なぜ死んだ!」
地の底から轟くような叫び声をあげた。
「お、大川さま……!」
三虎は慌てて駆け寄り、大川さまを抱き起こす。
大川さまの目の輝きかたが……異様だ。
凄みのある笑みを浮かべ、
「三虎。私は……、変なんだ。
どうしてしまったんだろう。
兄上が死んで、自分で殺さずにすんで良かったと思っている。
いや違う。
自分の手で殺したかった、と思っている。
いや違う。
私は今にも……、この土を掘り起こして、もう死んだ兄上の顔をたしかめ、その身体に剣を突き立てたいとさえ願っている。
いや違う、違う。
私は兄上の死を悲しんでいるはずだ。
けして仲の良い兄弟ではなかったが、同じ
兄上は兄上のやり方で、私は私のやり方で、
突如、叫んだ。
「私は私なりに兄上を愛していたはずだ!
私と兄上には、同じ悲しみがあった!
なぜ死んだ!!」
うわあぁ……、と叫び、三虎に両肩を掴まれながら、大川さまは頭をふり、
「私は母刀自に人に優しくせよと教えられ、
なのになぜ、実の兄上が死んでも、なおも殺したいと願っているのだ、私は!
私は、どうしてしまったんだ……。
私は、私は……。」
と呟きながら、大川さまがガタガタと震えだした。
目の焦点があっていない。
(まずい!
「しっかりしろ!」
三虎は青ざめ、大川さまの肩を強く揺さぶる。
「しっかりするんだ!」
返事はない。
「大川さま!」
叫び、その身を強く抱きしめる。
桔梗色の衣の
(
何か、魂を引き戻すような強い言葉をかけねば。
「良く聞け!
腕のなかの大川さまがピクリと動いた。
「兄上と……。」
「そうだ! 広河さまと
三虎に抱きすくめられながら、大川さまが大きく息を吸った。
* * *
比多米売。
今から二十日前、今思えば、比多米売が黄泉渡りした日。
まだ早馬は届かず、それを知らなかった大川の、夢枕に、比多米売は立った。
白い
小さく愛らしい目。日焼けした肌。大きめな口、ぽってりした赤い唇。
遠くから、笑顔を浮かべ、何事かを言っているが、聞こえない。
「比多米売! 会えたら、訊きたい事があったんだ。
教えてくれるだけで良い。
なぜ、私を選ばず、兄上を選んだんだ……。」
比多米売はちょっと困った顔になり、悲しそうに首をふるだけだった。
すぐに、再び笑顔になり、右を指差しながら、何事かを伝えようと、懸命に喋りかけてくる。
しかし声はまったく聞こえてこない。
「右を見ろ?」
と大川が右を見ると、比多米売が……。
───けっ、違うわ。なんでわからないのかしら?
という顔をした。
大川は、ひぃ、と思った。
比多米売は表情豊かな
比多米売がまだ右を指差すので、
「……西?」
と問うと、笑顔で、うんうん、と頷いた。
そしてさらに、満開の笑顔になり、礼の姿勢をとった。
───よろしくお願いします。
と、言葉ではなく、気持の波のような、心から心へ直接届く気持ちのようなものが、こちらに伝わってきて……。
夢は醒めた。
あれはきっと、本当に、比多米売だったのではないか。
残された
* * *
大川は、とんとん、と己を抱きしめる三虎の、胡桃色の衣の腕を叩いた。
三虎は身を離し、こちらの顔を慎重に
「今、どこに?」
大川が問うと、三虎はひとつ頷いた。
「
三虎は背に背負った
「会うか? 雪が降ってる。会うなら、すぐ出発する。」
「……会う。」
「ならこれを食え!」
いつの間にか
「!」
塩握り飯だった。
奥歯で噛むと、ほろりと栗が歯にあたり、甘かった。
(今朝、三虎一人を
栗を中に仕込んで、食べた時驚かせるあたり、三虎の細かさだな……。)
大川は大人しく
「とにかく食え。落馬して死ぬぞ。」
と言いながら、三虎も柏葉につつんだ塩握り飯をガツガツ口に入れはじめた。
その食べ方があまりにがっついているので、
「ふ……。」
くしゃりと泣き笑いをしてしまう。
「!」
今度は水の入った
「飲め!」
ちょっと、やりすぎではなかろうか。
↓挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330662127178748
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