あとがき

「蘭契ニ光ヲ和グ 〜らんけいにヒカリをやはらぐ〜」


 いかがだったでしょうか。


 第一章「そのにほふこと金蘭きんらんごとし」では、ちっこい加巴理かはりさまと、三虎がわちゃわちゃしてるのが、可愛い。

 二人の主従の結びつきの強さ、良く分かっていただけたかと思います。


 第二章「霜結しもゆ檜葉ひば」以降は、決して明るい話ではありません。

 単純に、女をとられた主人公が、仇を見返してやり、という物語でもありません。

 本篇、「あらたまの恋 ぬばたまの夢」は、タグに「ハッピーエンド」と書いてあるように、最後まで読めば、読後感は良いものになるように、と書いています。

 あまあま♡


 ですが、「蘭契ニ光ヲ和グ 〜らんけいにヒカリをやはらぐ〜」は、壮絶であり、大川は、救われないままです。

 これは、前日譚。大川に過去、起こったこと。

 どうしても、そうなってしまいます。


 読後感が爽やかではなくても、比多米売、一人の女の生き様に、感動はしていただけると思っています。


 比多米売は、生きました。


 私は、本篇の前に、この前日譚の下書きを書きあげ、比多米売を最後まで書ききった時、


「ああ、私、書ける。」


 と、ぐっと握り拳を作りたくなるような、確かな感覚を得ました。


 悪女、大川さまをたぶらかし、ひどい目にあい、でも、彼女だって、精一杯、生きていた。


 全て私の架空ではあるのですが、そう思っています。


 あ、率寝ゐねは、田舎の共寝ともねの言い方です。(これは本当。)

 共寝がスタンダード。

 さ寝がすばらしい男女の夜。

 そんなイメージで使ってます。(これは架空)


 なぜこんなに率寝ゐねシーンが連続するのか疑問ですか?

 

 比多米売がそういうおみなだし、なぜか広河さまはぜつりんなので、もう、私にはどうしようもない事なので……、あっ、スリッパ投げないで。ごめんないさい、植木鉢は投げちゃ駄目……。


 冗談はさておき、これは比多米売を描くためにやってます。

 大川は、「……初めて知った。」

 というソフトな表現で良い。

 比多米売は、違います。

 高笑いをしながら美しいおのこを蹂躙し夜の闇に去っていく女です。

 さながら悪魔のようです。

 その後、兄の思惑おもわくに巻き込まれ、羽根をむしられる水鳥となります。

 比多米売は、広河と圧倒的な身分差があります。

 望まぬ共寝でも、拒否し抗えるわけがありません。

 されるがままを受け入れる、という形になります。

 でも、心は?

 心は……。

 

 悪女。

 獲物をひとのみする蛇。

 そんな比多米売にだって、初々しい大川に触れ、惹かれて、大事にしたい、という気持ちもあったのです。


 

 

 しかし! 話はそこで終わりません。

 比多米売は、強い女性でした。

 なんという運命の皮肉でしょう。

 広河は、ただ、大川へのあてつけができれば良かった。

 その為だけに、顔は全然タイプじゃなかったのに、比多米売を吾妹子にしました。

 ですが、広河が本当に必要としていた女は、中身がたくましい比多米売だったのです。

 こんな出会い方だったのに、まさか、というほど、広河と比多米売を、おだやかな光が包みます。



 広河は、ずっと、何もかもが嫌になるような、鬱屈した心を抱えていました。

 父母のせいです。

 広河がどうにかできる父母ではありません。

 どうやったら、自分の心が楽になるのかわからなくて、広河はもがき続けていました。


 彼は、比多米売の家族を救い、家族が抱き合い再会を喜ぶ姿を見て、図らずも、心が開かれたような心地がしました。


 家族とは、こんなにも愛し合えるものなのかと。

 親は子の為に、子は親の為に、こんなにも涙を流せるものなのかと。


 初めて知ったのです。


 この家族を救えて良かった。

 比多米売、私は、おまえの家族が羨ましい───。

 喉元まで出かかった言葉を、プライドゆえ、広河は呑み込みます。

 大豪族の跡継ぎが、郷の女に言うべき言葉ではないからです。


(家族を愛し、また、家族からも愛されている比多米売。

 私は、おまえの家族に恥じる事のないように、おまえを大切にしよう。

 ……おまえから愛されたい。)


 そうして、広河は比多米売に惹かれてゆきます。




    *   *   *




 上野国碓氷郡秋間郷かみつけののくにのうすいのこほりあきまのさと

 なぜかとても幸せそうに緑兒みどりこの世話をする日佐留売ひさるめがいます。

 まだ名前をもらっていない緑兒みどりこは、元気にあんよをバタバタさせて、不思議そうに空中の一点を見ています。

 比多米売ひたらめは、


 ───あのおみなは、昔からなんかなのよねぇ。

 夢枕、行かないわ。


 と、我が子を喜々として世話する日佐留売ひさるめを、しらーと見ているのでありました……。


 でも、計算高いぶりっ子なので、広河には、自分の印象を下げるようなことは言いません。




 どうやら、難隠人ななひとは、広河の息子なようですね。

 魂となった比多米売ひたらめと広河には、分かったようでした。

(この、魂の会話を書くまで、私にもわかりませんでした。)

 一方、生きてる人たち、大川、三虎、日佐留売ひさるめ、鎌売、宇都売は、どっちの子だろうなあ……、という思いが拭えません。


 難隠人は、強く、元気、生きるエネルギーがあまりまくってしまう子供で、……悪戯坊主です。

 広河の子、というより、比多米売の血が濃いです。

 彼も立派なおのこに成長するので、お空の上で、広河も比多米売も嬉しそうです。




※「あらたまの恋 ぬばたまの夢」もご覧いただいた読者さまへ。

「蘭契ニ光ヲ和グ」と、二つの物語にまたがる仕掛けが一つございます。

 ちょっと分かりにくいようなので、近況ノートで答え合わせを公開しておきました。↓

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330666921881915




 ここまでご覧いただき、ありがとうございました。





 ◎参考文献


 ○仏典Ⅱ 世界古典文学全集7   筑摩書房


 ○万葉仮名で読む万葉集   石川九楊  岩波書店


 ○古代歌謡集  日本古典文学大系  岩波書店


 ○万葉集     岩波書店


 ○日本の伝統色  和の色を愛でる会   大和書房


 ○木簡 古代からの頼り   奈良文化財研究所   岩波書店

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蘭契ニ光ヲ和グ 〜らんけいに光をやわらぐ〜 加須 千花 @moonpost18

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