終話 転ぶぞ、比多米売。
み
その雨の
その雪の
み
その雨の絶え間ないように
その雪の止む時がないように
絶える事なく私は恋い続ける
※
万葉集 作者不詳
* * *
───十月。
熱が高すぎて、意識が
苦しい。
「がふっ! ごふっ!」
ひっきりなしに咳が出る。
もうずっと、この状態が続いている。
「広河さま!」
「広河さま!」
側で下人たちが、ずっと
部屋の外では、
(死ねるか!)
冗談じゃない、ここで死ねるか。
私の
比多米売は、必ず、
強い
必ず、元気な
そして、私が
もうすぐ、もうすぐ産まれるのだ。
その前に私が死んでたまるか。
必ず、私は比多米売の
比多米売、比多米売……。
「はあ、はあ、
苦しい息でそう告げる。
すぐに女官が
飲もうとし、
「がはっ!」
咳が込み上げてきて、
「が、が、げっ……!」
止まらず、咳込み、ふ、と意識が遠のく。
……安心しろ、比多米売……。
私はおまえより先に死んだりしない……。
私の
五月の花咲く野原。
「ほらあちら、良い沢がありますのよ、早く、早く……。」
大きい腹で、くるくる踊るようにまわる若妻に、
「そんなに踊るな、転ぶぞ、比多米売。」
と声をかける。
急いで歩いて転んだらまずい。
そう思って、私はゆっくり歩いているのに、まったく……。
私の
「あたし、元気な
分かるんです。あたしと
とニカッと笑った。
ふ、と私は穏やかに笑う。
(分かるものか……。)
と思うが、比多米売がここまで力強く言うと、ああ、そうかもしれない、とも思う。
私は、そんな比多米売と一緒にいる時間が好きだった。
「ああ、そうだな……。」
あたりには光が満ち。
白く輝き。
何もかもを覆い尽くし。
まるで光の霧のなかにいるようになった。
いつの間にか、ここは花咲く野原ではなくなっていた。
背中から光に照らされた比多米売が、愛をにじませた
私の手をとった。
「さあさあ、あたしの
* * *
───あ、ほら、笑った。かんわいい!
───そうだな。元気だ。安心した。
───あ、こっち見たわ。目があいました!
───そうか? 見えてないはずだが……。
───いいんです! あたしが、目があったと言ったら、あったんです!
足バタバタしてる。かんわいい……。
───そうか。そうだな。可愛い
───広河さま、大川さまのところへは行かないんですか?
───ああ。とくに、言いたいこともない。
私は
母刀自も……、おまえもこちらだからな。
───広瀬さまは?
───行かない。
本当は、父上には恨み言をたっぷり言ってやろうと思っていたものだが、比多米売に会えて、どうでも良くなってしまった。私の
───まあ。
───行かないことが、一番、こたえるはずだ。
もう……それだけで良い。
比多米売は?
───あたしは、大川さまのところへ、あの子をお願いします、って言ってきましたわ。
それと、家族のところへ、もう、行きました。
───あとは
───
……行きません。ほっといて大丈夫ですので。
では、挨拶が終わりましたら、一緒に上に参りましょう。
なんだか、あの空の上のほうから、生きてる人達を見守れるようです。
あたし達の
───そうだな。
───完───
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます