第八話 あたしは艶やかに笑う
いかなる
ここば
青く
ここば
春の野を赤毛の馬で行く。
馬の
どのような男にも、心を寄せる言葉を言わずにここまで来た。
こんなにも、
こんなにも、
* * *
お腹に
いつも浮かべていた酷薄な表情が鳴りを潜め、穏やかで、静かな表情で
夜。
三月の夜風に桃の香が乗る。
お腹に
一回しか求めない。
丁寧に、丁寧に、あたしを扱う。
身体が雄弁な人だ……。
そう思う。
あたしは、大切にされている。
こういうさ寝も、悪くない……。
裸の胸と胸をあわせ、あたしを包むような口づけをしたあと、広河さまは、あたしの目を見て、
「何人、産んでくれる?」
と訊く。
「何人でも。八人でも、九人でも。」
あたしはにっこりと笑う。
「ふふ……。」
笑った広河さまが、あたしの頬を優しく撫でる。
「
どうやら、おまえは、私の
「広河さま……!」
「
(はっ?!
撤回はできない。
広河さまがこの先、どんな身分の高い、美しい
衝撃が大きすぎて、ぼんやりとあたしは呟いた。
「……
「比多米売。私の
すぐさま、口づけが降りてきた。
あたしは、泣いた。
なんで、泣くんだろう。
あたし、
(口では何とでも言える。それで
と思ってた。
家で
「
と語っていたけど、あたしは黙って、
(生涯、婚姻しないままの人だっている。
誰でも必ず、
そんな、会えるか会えないかわからない
あたしは、全然夢を感じない。)
と内心せせら笑っていた。
さ寝の
そっちのほうがよっぽど良い。
もし、貧乏な
そう思ってた。
愛を囁かれたって。
あたしはそれだけで泣くような、そんなしおらしい娘じゃなかったはずよ……。
「比多米売、そんなに嬉しかったか。」
満足そうに、広河さまが整った顔で笑った。
あたしは、ポロポロ泣きながら、こくり、と頷いた。
「はい、嬉しいです。」
心が温かい。
胸が苦しい。
想いが込み上げて、込み上げて、ポロポロと涙が
そうだ。あたしは、泣くほど、嬉しいんだ。
「あたしを、ずっと、恋うてくれますか。」
あたしを、
「もちろんだ。私の
「う……、ああああん!!」
あたしは大泣きして、広河さまの首に抱きついた。
広河さまはあたしを優しく抱きしめてくれた。
上手く言葉にできないけれど。
あたし、これで、良かったんだと思うわ……。
五月。
花咲く野原。
スミレは紫の花。
ホトケノザは黄色い花。
色とりどりの賑やかな野原を、広河さまと二人で行く。
あちらこちらで、藤が見事な紫の房を垂れている。
爽やかに吹く風が気持ち良い。
「あっ……、今。」
「動いた。動いてますわ。」
「どれ……。」
広河さまが、しっかり膨らみはじめているお腹に手を添えるが、帯できっちり守っているし、まだ
「わからんな……。」
素直な感想を口にした。
「確かですわ。」
ふふ……、と笑みが零れる。
(……どちらの子だろう。)
時期を見ると、本当にどちらの子か分からなかった。
大川さまとは、あの日以来、会っていない。
思い出すと、針の先ほどの、微かな痛みが、ちくりと胸を刺す。
(……すごく、傷つけてしまったから。)
ごめんなさい、と思う。
大川さまには本当の
カッコウ……。カッコウ……。
行く手からは、さあ……と川の水音が聞こえてくる。
あたしは柔らかい草を踏み、歩きながら、思い返す。
人生で一番恐ろしかった日を。
父が、
「
と言い、母刀自が狂ったように父を責めはじめ、すごく人相の悪い
「この子だけは止めて!」
とあたしを抱きしめ叫ぶ母刀自からあたしを引き剥がし、あたしは、
「いや、助けて母刀自! 父さん! 母刀自! 父さん!」
と叫び……。
その日のうちに家族は全員散り散りになり、市に立たされ、ほうぼうに売られていった……。
まだ去年の秋のことだ。
あの日のあたしに、教えてあげたい。
今のあたしを……。
とおん、とまた
(どちらの子かなど、どうでも良い!)
あたしは口の端を釣り上げる。
「ほらほら、良い沢がありますのよ、早く早く……。」
と楽しい気分で、広河さまを急かす。
広河さまは、穏やかな笑みで、ゆっくり歩いてくる。
広河さまだって、分かってることだ。
あたしは大川さまのお手つきだって。
それでも、広河さまは、
「どちらの子か。」
と問うてきたことは、ただ一度もない。
なら言いきかせよう。
思い込ませよう。
あなたの子よ、と……。
実際、大川さまの子だとしても、兄も弟も、同じ父親の血を分けているのだから、きっと似かよるはず。
何の問題もない。
そしたら……。
あたしが将来、
なんてだいそれた夢だろう。
こんな夢が見れるなんて……。
必ず、叶えてみせるわ。
どんなこごしき道(険しい道)であっても、あたしは怯まず、自分で歩いてきたのだから。
これからも、歩いてみせる。
楽しい気分で、あたしはくるくる踊るように回る。
「そんなに踊るな、転ぶぞ、
あたしはピタリと踊るのを止め、広河さまの方をむいた。
「あたし、元気な
分かるんです。あたしと
と快活に笑った。
「ああ、そうだな……。」
ふ、と笑い、広河さまも同意してくれる。
(そうですとも。)
あたしは
「さあさあ、あたしの
↓挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330662485488009
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