第三章  こごしき道

第一話  歌垣 〜うたがき〜

 甲辰きのえたつの年(764年)


 十一月。


 オレは蘇弖麻呂そでまろ。二十一歳。

 上野国かみつけのくにの緑野郡牛田郷みどののこほりうしだのさとに住む良民りょうみん(平民)としては、田を多く持っている。


 今年は、奈良の都でお偉い太師たいし太政大臣だいじょうだいじん)さまが謀反を起こし、世は乱れ、あわひえきびが一時期はいちから消えた。

 凶作でもないのに、さんざんだったぜ。

 

 でも、奈良の都の事情より、郷のオレ達には、今夜の方がずっと重要だ。


 ここは比多伐山ひたばやまの上。さあ、お楽しみの歌垣うたがきの夜、というわけさ。


 山の下で、実りの祭りが始まって、時間が随分たつ。十五歳までのわらはや、歌垣に参加しない夫婦めおとに混じって、郷人さとびと皆で、実りを祝い、ご馳走を食べ、すっかり腹いっぱいだ。


 ご機嫌な気分で、歌垣に参加するおのこおみなは、山の上に登る。


 おのこ瓢箪ひょうたんに、浄酒きよさけをたっぷり入れて持ってくるのが決まりだ。

 山の上、大きな土師器はじきかめがあり、そこに、必ず瓢箪ひとつぶん、浄酒を入れる決まり。

 歌垣に参加する者たちは好きにその龜から浄酒を呑んで良いため、そうしないと、事前にかめいっぱいにかもした浄酒は、すぐ、なくなってしまう。


 山の上、ひらけた場所では大きな焚き火がたかれ、火を中心に輪となり、おのこおみなが唄い、思い思いに踊る。


「くずのぉぉぉは、さゑさゑ、や!

 えし、をォォどこぉなる、や!」


 くず  さゑさゑ  や


 し  小床をどこなるや 


 葛の葉  さゑさゑ  や


 あゆける  われをや  


 葛の葉  さゑさゑ  や


 よる  ひとよとや




(ざわつく葛の葉の、良く作られた小さい寝床よ、

 ざわつく葛の葉のように、心が揺れるあたしよ、

 ざわつく夜に、独りで寝ろと言うの……。)




 おのこは、踊るおみなを気に入ったら、言寄ことよせ(声をかけ)て良い。


「なあ、オレと呑もうぜ。得進子とくせにこ(特別なべっぴんさん)よ。」


 おみなが笑顔で踊りの輪をぬけたら、焚き火の火が届くか届かないくらいの距離で、二人で浄酒を呑み、酔い、酔わせる。


 おみなから声をかけたって良い。


 別に浄酒を呑まなくたって良い。


 ほら、今しも。

 踊る男を品定めしてた女が、


益荒男ますらお。あたしと行きましょうよ。


 ぐさの  やは手枕たまくら  やはらかに  


 ねやなるや  霜結しもゆ檜葉ひば


 たれかは手折たおりし


 れる月夜つきよや。」


 言寄ことよせされたおのこは喜色満面で、


ぐさの  わかやるむねいもに恋ひ


 れこそは  霜結しもゆ檜葉ひば手折たおりてしかや


 さ一夜ひとよも  率寝ゐねてむしだ


 いえくださむ。」



 と決まり歌を返した。

 はい、これで、今宵、二人は率寝ゐねする。決まり。

 踊っている男女が、ちらちらとうらやましそうな視線を二人に送る。


 おのこはいそいそとおみなのあとについていく。


「ちゃんとしるしは用意してあるわよぉ……。」


 と女が言ったのが聞こえた。

 向かうのは、焚き火の火がほとんど届かないやぶ

 事前にあのおみなが藪を切り払い、寝床ねどこを用意し、他の人にとられないよう、しるしとして、布を寝床のそばの木の枝に巻きつけているのだろう。


 オレも、そのように、寝床は用意済みだ。


 やる事は一つ。

 そう……、ほら。

 焚き火の側で唄い踊る男女の声に混じって、もう、聴こえてきたぜ。

 おみなの燃えてる声が。


 歌垣。年に一回の、実りの祭りの夜。

 十六歳以上の、婚姻相手を求める男女が。

 いや、婚姻しなくても……、ただ求めるだけでも。

 なら、夫婦めおと二人で。


 こうやって、あちこちの藪から、燃え立つ声をあげるのさ。


 この歌垣当日、気に入ったヤツと、藪に入っても良い。

 でも、人気がある男女は、祭りのもっと前日から、ご予約が殺到する。


 あらかじめ、歌垣の夜は、自分を選べ、と約束をし、あかしとして、ちょっと価値のある手布を渡すのが一般的だ。


 オレもそうしてる。

 ふぅ……。

 比多米売ひたらめはまだ、山の上に登ってこないのか。




    *   *   *



 比多米売ひたらめは十七歳。

 さとでは五本の指に入る美女だ。

 小さい目、大きな口、丸みのある顔の輪郭。

 何より素晴らしいのは、その体つきさ。

 去年、はじめて歌垣を迎える前には、郷のおのこが何人も比多米売に手布をみついだ。

 オレも、


「なあ、オレの家が、どれくらい田を持ってるか、わかってるだろ。

 婚姻してやったっていいんだぜ。

 歌垣では、オレの手布を腕に巻いてくるんだぜ、他の男の手布なんか、間違っても、巻いてきちゃあいけねえぜ。比多米売。」


 と手布を渡した。比多米売は、きらきらと輝く目でオレを見たが、口の端をつりあげて、


「どおしよっかなあ……、ふふ……。」


 とか言ったので、冷や冷やした。

 去年、歌垣で比多米売を清童きよのわらはでなくしたのは、オレだ。


 歌垣が過ぎ、郷に通常の日々が戻っても、オレは比多米売の良い味が忘れられず、満月の夜、比多米売に夜戸出よとで(夜、男に逢うために家から出ること)をさせた。


 比多米売は良い女だ。

 わらはぽい幼さの残る顔立ちに、丸いでかでかとした尻。

 さらにでかい胸は、重さゆえ少し下に垂れぎみで、真ん前というより、左右に向かって大きくせり出している。

 とにかくたわわなので、上下に揺れると、たっぷん、たっぷん、と水の音でもしてきそうなくらいだ。

 初めて脱がした時の感動は、ちょっと忘れがたい。


 人の背丈ほどあるすがを切り払って作った寝床で、満月に照らされたご立派な乳房に、オレはたまらず、むしゃぶりつく。

 あんまり丹念にしゃぶったので、


「ん……、蘇弖麻呂そでまろも好きね。」


 と比多米売が呆れたように言った。


「なあに言ってんだよ。このでかさに逆らえるおのこがいるかってんだ。」


 つまむ。


「おまえ、すごく良い物を、ここと、ここに、持ってるんだぜ。」


 揺さぶる。


「んあ……。そう……。」


 比多米売は納得したようだった。


 すっかり比多米売を気に入ったオレは、


「婚姻してやっても良いぜ。」


 と言ってやったが、比多米売は、


「ふふ……。」


 と笑うだけで、何も返事をしない。

 正直、何を考えてるかわからないおみなだった。


 まあ、すぐになびくだろ。


 そうやってオレは、何度も比多米売を夜戸出よとでさせた。

 いろいろ教えてやった。


「こう?」


 とオレの上に乗っかり、自分で腰を動かす比多米売に、


「違う。こう。」


 と比多米売の腰を手でつかみ、動き方を教えてやった。

 さっきまでと全然違う激しさに、快楽くわいらくが過ぎたのだろう。


「うああっ……!」


 比多米売ひたらめは目を見開いて小さな悲鳴をあげた。


「おいおい、動きを止めちゃいけねぇぜ。」


 オレは柔らかい腰を鷲掴わしづかみにし、早さを緩めず動かした。


 し。

 とほりてれぬ。

 

 オレの角乃布久礼つののふくれが通ったあとはたっぷりと濡れるので、また勢い良く刺す。


 それを繰り返せば、おみなつぼる(こする)ことになる。

 

 り。

 し。

 通りて。

 濡れ。

 腹の上の身体は弾み。

 声は燃え立ち。

 弾み。

 オレはゆっくり手を離す……。

 おみなは上手に自分で腰を振りながら、とろんとした目で、だらしなく笑った。




 比多米売は、たしかに、笑っていたんだ。

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