第十四話 金羅真十
「
九十六年前、おまえの
そして海を渡り、安住の地を求めてここまで来たのだ。
この平和が当たり前と思うな。
海を渡り、
人々を守り、平和の
いかに辛い事があろうと、
「天与の
「そうだ。誰しも、天から定められた使命を持って生まれてきておる。
ただの
そしてちゃんと、やり遂げる力もここに持って生まれてきておる。」
祖父は節くれだった指で、とんとん、と軽く加巴理の胸を叩いた。
「キンラーマァソ。」
聞き慣れない言葉だ。
「なんですか?」
「澄みきった
祖父が、ぐ、と加巴理の胸を指で押した。
「お前のここには、
己を磨く努力を怠るな。
そうすれば、お前の胸の
お前を導く。何があっても、輝きを失わぬ。」
「
何度も、何度も。
手から慈しみが胸にまで染み透るようだった。
加巴理の目に差し込んでくる木漏れ日が強くなり、くしゃり、とほとんど泣きそうな顔で、加巴理は笑った。
「はい、おじいさま。……おじいさまの、胸にも、あるのですか?」
「もちろん。誰にも汚されぬ、
そう祖父は自分の胸を、とん、と叩き、ぱちり、と片目をつむった。
加巴理は頷いた。
「よく、わかりました。おじいさま。」
祖父は、加巴理の顔を見下ろし、満足そうに頷いた。
「少し……、一人にしてもらえませんか。この景色を、よくよく目に焼き付けておきたいのです。」
「良いだろう。時間はたっぷりある。」
祖父が道を引き返す。
三虎は、加巴理の、一人、という言葉に反応し、すっと後ろに無言で下がり、離れた場所に控える。
加巴理は傍の
濃い緑。
夏の光あふれる空。
家々から、
畑仕事や、
土の匂い。
(お祖父様のお祖父様は、十歳で、住んでいた国を追われたという。
どんなに心細く、悔しく、涙を流しただろう……。
いや、私の
いつまでも涙を見せていたとは思えない。
叶わぬことだが……、この地で、あなたの子孫は平和に、
祖父も足を止め、
(きっと、私の高祖父も、遥か昔、ここで同じように人々を守り、慕われていたはずだ。
この道を歩いて、ここに立ち、
胸に
ふっと、ある思いが胸に湧き上がった。
(父上の為でなく、
母刀自の為だけでなく、この郷の為に生きよう。
この郷の平和を守り、
その為に、広く、広く、秋津島を見よう。
遠く、遠く、
郷の
「
私の
口からするりと
甘い夏風に言葉が溶け、木々のそよぎがいっそう豊かになったように思えた。
この
西日が目をさして、温かい涙が加巴理の頬を伝う。
この涙は、けして嫌なものではなかった。
今まで、兄上に虐められて、さんざん泣かされてきた。
その流してきた涙と、今の涙は、全然違うものだ。
(───父上にも、兄上にも、もう求めはせぬ。
それが宿命なら、欲されるまま差し出そう。
しかし今、胸に抱いた思いは、
兄上がどんなに奪おうとも、心のうちからは奪えない。
私は、
誰にも汚されぬ、
涙は乾き、心も落ち着いた。
「行こうか。」
加巴理は振り返り、離れて心配そうに見守っていた無二の友に微笑みかける。
自然に頬がゆるみ、心から笑うことができた。
三虎が、はっと息を呑み、
「はい!」
これ以上ない、というほど、嬉しそうに破顔した。
普段のムッツリした顔からは想像がつかないほど晴れやかな、良い笑顔だった。
遠くから、透き通るような歌声が聞こえてきた。
母刀自が唄いながら、
影が長く伸びる。
かい
(硬い草の
茜色の
裳裾は歩くたび軽く揺れ、白い
夕陽に染められ、母刀自は息を忘れるほど美しい。
加巴理は大好きな母刀自を呼んだ。
「母刀自!」
これだけ大きな声を出したのは久しぶりだ。
加巴理の声の大きさに驚いた母刀自が、山道から、はっ、と顔をあげ、ゆるゆると微笑んだ。
「そこにいたのね。」
母刀自は両手を
「
嬉しそうに、袖を振ってくれた。
ひらひらと
加巴理はぱっと駆け出し、三虎を横切り、木の根をぴょんと跳び越え、母刀自の側に行った。
「私は
もっと人々の生活を見たい!」
そう言って母刀自の両手を握る。母刀自は目を見開き、何回も頷き、
「ええ、ええ……。」
みるみる涙が目にあふれ、
「ええ、本当に………。」
それ以上は言葉にならず、母刀自と加巴理は固く手を握りあった。
母刀自の流す涙に夕陽が映り、茜色の
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