✤登場人物紹介✤

 ・上毛野君かみつけののきみの 加巴理かはり──主人公。広瀬の次男。優しく聡明な六歳。



 ・石上部君いそのかみべのきみの 三虎みとら──大川の乳兄弟ちのとにして従者。泥団子をこよなく愛する六歳。



 ・上毛野君かみつけののきみの 宇都売うつめ──加巴理の母。広瀬の宇波奈利うはなりめかけ)。

 今は滅びた国、百済くだらの高貴な血を遠く受け継いでいるが、日本においては良民りょうみん(平民)。美しく控えめな二十六歳。



 ・上毛野君かみつけののきみの 広瀬ひろせ──大川と広河の父。上野国かみつけのくに大領たいりょう。妻たちにも、子どもたちにも、渇いた対応の二十九歳。



 ・上毛野君かみつけののきみの 意弥奈いやな──広瀬の毛止豆女もとつめ(正妻)。広河の母。相模国さがむのくにの大豪族出身なのを鼻にかける、イヤな女。

 


 ・上毛野君かみつけののきみの 竹麻呂たけまろ──八歳。広瀬の長男。母親が宇都売と加巴理を口汚くののしるので、その価値観をすりこまれ、腹違いの弟を差別し、嫌っている。

  


 ・伊可麻呂いかまろ──広河の乳兄弟ちのとにして従者。魚顔。八歳。



 ・石上部君いそのかみべのきみの 八十敷やそしき──加巴理の武芸の師。鎌売のつま上毛野衛士団かみつけののえじだん副長。

 子どもは鎌売との間に三人。三虎は三人目の子。

 妻にメロメロの二十八歳。



 ・石上部君いそのかみべのきみの 鎌売かまめ──八十敷の妻。三虎の母。宇都売うつめ付きの女嬬にょじゅ(えらい女官)。加巴理の乳母ちおも

 昼は上毛野君かみつけののきみの屋敷に勤め、夜は近くの石上部君いそのかみべのきみの屋敷に帰宅する生活。

 まなじりの切れ上がった、キリリとした美女。二十六歳。

 

 

 

 


 

 ✤この物語独特の用語。


 ・いも──男にとって、たった一人の運命の女。血の繋がりはない。


 ・愛子夫いとこせ───女にとって、たった一人の運命の男。

 いもと呼ばれて初めて、男を愛子夫いとこせと呼ぶ事ができる。

 

 

 



    *   *   *





 おまけ。



 ───これは、まだ、加巴理かはりと三虎が一歳を過ぎた緑兒みどりこ(赤ちゃん)だった頃の話───




 警邏けいら中の八十敷やそしきは、庭を突っ切って、ずかずかと、宇都売うつめさまの部屋の簀子すのこ(廊下)の前に来た。


「おーい、鎌売かまめぇ。三虎の顔を見せてくれよぉ。抱っこさせて!」

「もうっ! 八十敷やそしき、仕事中でしょ!」


 鎌売は厳しい表情で、部屋から顔を出した。昼間の陽光に愛しい妻の顔が照らされる。眩しい。

 目の下にはうっすら、クマがある。

 緑兒みどりこが夜泣きをする時期なのだ。


「そう言わずに……。寂しいんだよぉ。」


 鎌売は、主の緑兒みどりこを見る為に、上毛野君かみつけののきみの屋敷に泊まりきりだ。

 八十敷はさっと部屋に入り、宇都売うつめさまに挨拶する。満月のように輝く美貌の宇都売さまは、


「あたくしの子も抱いてちょうだい。」


 と、おっとりと笑う。


「はい。ありがとうございます。」


 八十敷は、主である広瀬さまの子を抱く。


加巴理かはりさま。お健やかにお育ちくだされ。」


 加巴理さまは、たくましい八十敷の腕のなかで、


「あう〜? あ?」


 八十敷の顔を見て、大人しく、何事か言った。桃色の頬。整った目鼻立ち。


(なんと可愛い御子おこよ。)


 次に、八十敷は我が子、三虎を抱き上げる。


「三虎〜〜〜、可愛いオレの子! 会いたかったぞぉ。あっぶっぶー。」


 三虎は、八十敷の三人目の子である。あやすのもお手の物……。


「ぶ───!」


 三虎は八十敷の腕のなかで、眉間にシワをよせ、盛大に唇をブルブルいわせ、八十敷の顔めがけ唾をとばした。


「わっ!」


 八十敷はのけぞった。

 まだ一歳を過ぎたばかりのムチムチ緑兒の三虎は、べちっ、と八十敷の頰を打った。


(我が子なのに! なんなの、この加巴理かはりさまとの差は……。加巴理さまはあんなに可愛いのに、うちの子の態度ときたら……。)


「ほほ、八十敷、三虎は抱っこの気分じゃなかったようよ。降ろしてあげて。」


 鎌売の言葉に従い、下に降ろすと、三虎は凄まじい勢いの四つん這い歩きで、イカの形の木のおもちゃが置いてあるところに行ってしまった。

 八十敷が少々むくれて、その様子を見ていると、鎌売が優しい笑顔でそばに寄ってきて、手布で顔を拭ってくれた。


「いちいち気にしないで。そんな顔しないで。」


 八十敷は愛しい妻の手を、ぱっ、とつかんだ。


「気にしないけど、この顔を変えるのは無理だ。三人も子どもがいるのに、自由に顔が見れず、夜が寂しい。」


 三虎は三人目の子。

 上の二人は、八十敷の母刀自ははとじが、ここから離れた秋間郷あきまのさと石上部君いそのかみべのきみの本屋敷で、見ている。

 鎌売が、加巴理さまの乳母ちおもの役目を果たす為にだ。

 上毛野衛士団かみつけののえじだん副長として忙しい八十敷は、上の二人の子には、十日に一回ほどしか会いにいけない。

 三虎には、宇都売うつめさまの部屋に出向かないと会えない。



 八十敷は熱い眼差しで、じっ、と鎌売を見て、声をひそめた。


「鎌売、なあ、今夜、オレの部屋に来いよ……。何時でも待ってるから。」


 八十敷は、上毛野君かみつけののきみの屋敷の外に大きな屋敷をかまえているが、上毛野衛士団かみつけののえじだん副長として、上毛野君かみつけののきみの屋敷内に、寝泊まりできる一室を与えられていた。


「バカね。」


 鎌売の素早い平手打ちが、びしっ、と八十敷の額の中央に炸裂した。


「いてぇ。」


 嘘である。たいして痛くないが、八十敷は妻限定で、額を叩かれるのが嬉しいので、つい、こう言ってしまう。


「仕事中でしょ! 早く仕事に戻りなさい。」


 眉を立てた鎌売の、厳しい顔。凛々しい美しさ。

 

(ますます、良いおみなだぜ。)


 八十敷は、妻を心底、愛しているのである。

 八十敷の顔がほころぶ。

 宇都売さまが、


「仲の良いことね。微笑ましいわ。」


 とコロコロ笑った。












 はたして、夜、鎌売かまめ八十敷やそしきの部屋に訪れた。


「八十敷。わかって。夜泣きのある緑兒みどりこを見るのも、乳母ちおもの役目なの。

 あたしは、宇都売うつめさまを支える女嬬にょじゅ。宇都売さまと加巴理かはりさまに尽くす。

 加巴理さまを竹麻呂さまに負けない立派な御子おこに育ててみせる。

 三虎を、加巴理さまから信頼される従者に育ててみせる。」

「鎌売。それがオレの妻の夢だとわかってる。加巴理さまは、オレにとっても主の御子だ。励んでくれ。でも今は……。」


 八十敷は久しぶりに愛する妻を抱きしめる。


「オレの事だけ考えろ。

 オレだけを見ろ。

 オレのいも。」

「はい。あたしの愛子夫いとこせ。」


 鎌売のいつも気の強さは鳴りを潜め、目尻はさがり、頰は染まり、にっこりと微笑み、素直な夜の女の顔になる。



 そこからはもう、言葉はいらない。





 短く濃い逢瀬おうせの彼方。





「愛してます。八十敷。あたしにはあなただけよ……。」


 と、鎌売は八十敷に甘い口づけをし。


「オレも、愛してる。鎌売……。」


 八十敷はうっとりと微笑み、鎌売の頰を軽く撫で。




 鎌売は薄桜色の領巾ひれ(スカーフ)をふわりとひるがえし、八十敷の部屋をあとにした。









      ───完───







 ↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093085040018682

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