第五話 冷たい瓜とは。
よーく冷えた
どうすれば良いかって?
仕込むのさ。
この、
どぼーん。
これで、昼頃には、すっきり冷えた瓜を、
「甘い瓜だと良いな。」
とオレは
「よう三虎。」
「ちっ。
まだ
こんな嫌な魚顔に会うとは思わなかったぜ。
「昨日はよくも、オレと
ねちねちと嫌味ったらしく
もう、オレは叱られたし、
これ以上、何か言うのに付き合う必要はない。
オレは無言で背を向ける。
「逃げるのか、さすが卑怯者がする事は違うな!」
「なんだと。」
じり、と怒りをにじませて、オレは振り返る。
「おまえは卑怯者、
待った無し。オレは土の地面を蹴り上げて、自分より大柄な伊可麻呂に殴りかかった。
* * *
三虎がいない。
(もうとっくに、私の部屋に来てる時間なのに。
どこにいる?)
加巴理は探す。
加巴理と三虎専用の、稽古の中庭にはいない。
だがなんとなく、予感がして、敷地内の
はたして、手作りのぶかっこうな木の的に───あれは三虎と私二人で作ったから───一人で弓矢を打ち込む三虎を、ははきぎの原っぱで見つけた。
桑の木の陰から、様子をそっと窺う。
まなこを釣り上げ、唇を噛み締め、顔いっぱいから、怒りを発散させ、六歳の
すぐ、また矢を構える。
気持ちが荒れている為、矢は時々的からそれている。
唇のはしは切れ、頬に青あざがあり、
何があったか、わかるというものだ。
加巴理はため息をついて、三虎が矢を放ち終わった時を見計らい、
「三虎。」
と桑の木から姿をあらわした。
びくり、と三虎が肩を揺らし、弓を下に下げた。
「誰と喧嘩したの。兄上? 伊可麻呂?」
三虎は立ったまま、無言でぷいとそっぽを向く。
「ちゃんと答えなさい。」
またため息をついて、主である立場を使い、三虎に口を開かせる。
「伊可麻呂。一人。」
「なんで?」
「侮辱した。オレを卑怯者、加巴理さまを腰抜けって。」
三虎は、悔しそうに唇を噛み締めた。
「喧嘩はだめ。」
はっきり言い渡すと、三虎が弾けた。
「なんでだよ! 悔しくないのかよ!
加巴理さまだって、もっとやり返せよ!」
加巴理はぎゅっと顔をしかめた。
(違う、違う、駄目なんだ三虎。)
胸にあふれてくる思いがあるが、上手く言葉にできない。
「駄目だ! 駄目! そうやっていつも、叱られるじゃないか!」
「オレだってわかってる! でも、加巴理さまの悪口を言われたら、見過ごすなんて嫌だ!」
三虎の目には涙が滲んでる。
加巴理はぷーっと頬をふくらませた。
「それで良くなるの。喧嘩して勝ったら、私が兄上になれるの? 違うだろ。三虎のバカッ!」
「オレは、オレは、加巴理さまがっ。」
三虎の顔がぶわっと崩れた。ぐっ、と声をあげて、三虎がダッ、と逃げ出した。
「稽古の中庭ぁっ!」
三虎が走り去る背中で、泣き声で叫ぶ。
たしかに、稽古の中庭の方向に駆けている。
「三虎! 中庭についたら、一緒に豆菓子を食べるぞ!」
背中に声をかけると、三虎の足が止まり、こくんと頷いた。また走り出す。
「……バカ。私の
加巴理は三虎を見送り、唇をとんがらせ、小声でなじる。
三虎の気持ちは、痛いほど分かっている。
───オレは、オレは、加巴理さまが、大事なんだ。
「私だって、おまえが大事だ、三虎。喧嘩したり、叱られたり、するなよ。」
(喧嘩したって、勝つことができたって、何も変わらないんだ。
兄上は大豪族の血。私は良民の血。
竹麻呂は兄。
私は弟。)
「変わることはないんだ、三虎。」
加巴理の声は、ほわほわと丸い若緑のははきぎに吸い込まれていった。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093085166377049
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