第五話  冷たい瓜とは。

 よーく冷えた瓜が食べたいぜ。

 どうすれば良いかって?

 仕込むのさ。

 この、炊屋かしきやから交渉の末頂戴した、緑と黒の縞模様の立派な瓜を、栲縄たくなは(コウゾから繊維をとった縄)で、逃げ出さないように、ぐるぐる巻きにしてだな。

 どぼーん。

 上毛野君の屋敷内の川に、漬けておくのさ。

 栲縄たくなはのはじは、近くの木に結んでおく。

 これで、昼頃には、すっきり冷えた瓜を、加巴理かはりさまと食べれる。


「甘い瓜だと良いな。」


 とつぶやいて、満足しながら川をあとにしようとしたオレ。


「よう三虎。」


 の陰から、二歳上のわらはが顔をだした。


「ち……っ。伊可麻呂いかまろ。」


 まだ三つの刻(朝6時〜6:30)の早朝。

 こんな嫌な魚顔に会うとは思わなかったぜ。


「昨日はよくも、オレと竹麻呂たけまろさまに泥団子をぶつけてくれたな。」


 ねちねちと嫌味ったらしく伊可麻呂いかまろは言う。

 もう、オレは叱られたし、宇都売うつめさまから、謝罪が届いたはずだ。

 これ以上、何か言うのに付き合う必要はない。

 オレは無言で背を向ける。


「逃げるのか、さすが卑怯者がする事は違うな!」

「なんだと。」


 じり、と怒りをにじませて、オレは振り返る。


「おまえは卑怯者、加巴理かはりさまは腰抜けだ!」


 待った無し。オレは土の地面を蹴り上げて、自分より大柄な伊可麻呂に殴りかかった。



    *   *   *



 たつ二つの刻。(朝7:30)


 三虎がいない。

 もうとっくに、私の部屋に来てるはずなのに。

 どこにいる?

 加巴理は探す。

 私と三虎専用の、稽古の中庭にはいない。


 だがなんとなく、予感がして、敷地内のたつみ(南東)、ははきぎ(ほうきぐさ)の原っぱへむかう。


 はたして、手作りのぶかっこうな木の的に───あれは三虎と私二人で作ったから───一人で弓矢を打ち込む三虎を、ははきぎの原っぱで見つけた。


 桑の木の陰から、様子をそっと窺う。


 まなこを釣り上げ、唇を噛み締め、顔いっぱいから、怒りを発散させ、六歳の乳兄弟ちのと黙々もくもくと弓矢を打ち込んでいた。


 わらは用のゆきから矢をとり、樫の弓を引き絞り、ぎりぎりと狙い、一心に矢を放つ。

 すぐ、また矢を構える。

 気持ちが荒れている為、矢は時々的からそれている。


 唇のはしは切れ、頬に青あざがあり、総角あげまき(少年の髪型。)は乱れている。

 何があったかは、わかるというものだ。


 加巴理はため息をついて、三虎が矢を放ち終わった時を見計らい、


「三虎。」


 と桑の木から姿をあらわした。

 びくり、と三虎が肩を揺らし、弓を下に下げた。


「誰と喧嘩したの。兄上? 伊可麻呂?」


 三虎は立ったまま、無言でぷいとそっぽを向く。 


「ちゃんと答えなさい。」


 またため息をついて、主である立場を使い、三虎に口を開かせる。


「伊可麻呂。一人。」

「なんで?」

「侮辱した。オレを卑怯者、加巴理さまを腰抜けって。」


 三虎は、悔しそうに唇を噛み締めた。


「喧嘩はだめ。」


 はっきり言い渡すと、三虎が弾けた。


「なんでだよ! 悔しくないのかよ!

 加巴理さまだって、もっとやり返せよ!」


 私はぎゅっと顔をしかめた。

 違う、違う、駄目なんだ三虎。

 胸に溢れてくる思いがあるが、上手く言葉にできない。


「駄目だ! 駄目! そうやっていつも、叱られるじゃないか!」

「オレだってわかってる! でも、加巴理さまの悪口を言われたら、見過ごすなんて嫌だ!」


 三虎の目には涙が滲んでる。

 私はぷーっと頬をふくらませた。


「それで良くなるの。喧嘩して勝ったら、私が兄上になれるの? 違うだろ。三虎のバカッ!」

「オレは、オレは、加巴理さまがっ。」


 三虎の顔がぶわっと崩れた。ぐっ、と声をあげて、三虎がダッ、と逃げ出した。


「稽古の中庭ぁっ!」


 三虎が走り去る背中で、泣き声で叫ぶ。

 たしかに、稽古の中庭の方向に駆けている。


「三虎! 中庭についたら、一緒に豆菓子を食べるぞ!」


 大きく声をかけると、三虎の足が止まり、こくんと頷いた。また走り出す。


「……バカ。私の乳兄弟ちのとなんだから、言うこと聞けよ。頑固者。」


 私は三虎を見送り、唇をとんがらせ、小声でなじる。

 三虎の気持ちは、痛いほど分かっている。


 ───オレは、オレは、加巴理さまが、大事なんだ。


「私だって、おまえが大事だ、三虎。喧嘩したり、叱られたり、するなよ。」


 喧嘩したって、勝つことができたって、何も変わらないんだ。

 兄上は大豪族の血。私は良民の血。

 竹麻呂は兄。

 私は弟。


「変わることはないんだ、三虎。」


 加巴理の声は、ほわほわと丸い若緑のははきぎに吸い込まれていった。



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