第四話 初乗り
早朝。
朝露を散らしながら、若草の香る春の野を駆け抜ける、二つの人馬があった。
「乗れた! 乗れたよ!」
はしゃいだ声が六歳の
初めて一人で馬に乗れた。
「ええ、見ておりましたとも。」
二十八歳の武人、
「
遠くで
思ったより縦に揺られない。
安定した走りを馬は見せてくれた。
頬が蒸気し、
「はは!」
笑い声が漏れ、
「爽快だ!」
爽やかな朝の風を一身に浴び、どんどん視界が開けてくる。
* * *
「お父上にも、初乗りのご報告を致しませんとな。」
「きっと喜んでくださるでしょう。」
「あまり、父上は顔を見せてはくださらない。」
「忙しくてあらせられる。気になさいますな。
「そうだろうか。」
それから黙りこんでしまった。
加巴理さまは、見た目も愛らしい。
それだけでなく、真面目に稽古にとりくみ、素直に技を真似できる。
技をモノにできるまで、粘り強く稽古しよう、という意志を感じられた。
聞けば、勉学の方も、才が光っているという。
普段はおとなしい子だが、初めての剣──といっても、棒だが──の稽古の時も、棒を持たせてすぐに、怯まず
顔には恐れが浮かんでいたが、胆力も見込みがある、と
己が父親だったら、溺愛してしまうだろう。
しかし、実の父親の広瀬さまは、溺愛はしていない。
辛くあたるわけではないが、温かい親子の情も、感じない。
加巴理さまには、「お父上はお喜びです。」と伝えてはいるが、稽古が順調である報告をしても、広瀬さまは、
「そうか。」
というそっけない返事であった。
母親が
それにしては、大豪族出身の母を持つ竹麻呂さまに対しても、砂を
加巴理さまは、大豪族の次男として、六歳の
これ以上ないほど良くできた子供。
その陰には、本人の努力が少なからずある。
それなのに、時々、その瞳に淋しさの
* * *
加巴理は母刀自の部屋へ急ぐ。
母刀自が
(父上だ!)
「父上! 来てくださったの。」
その膝に飛び込む。
藤色の衣のかたさと、かすかな
「ははは。大きくなったな。」
父上は会うと、二回に一回はこう言う。
まるでどこか遠くに旅していたように。
「
「はい!」
嬉しくなって、大きく返事をする。
「これは褒美だ。豆菓子だ。」
父上が机から、
「ありがとうございます!」
(やった! これは嬉しい。)
豆に、貴重な
加巴理がニコニコしているのを見て、父上は
「
と唐突に厳しく言った。
「はい。」
加巴理は、
(この豆菓子は、三虎と明日、食べよう。)
心に、明日の楽しい予定をひとつ、刻む。
父上が来てくれるのは、月二回ほど。
一緒に夕餉をいただく。
とても嬉しい日だった。そして、不思議と緊張する日だった。
母刀自が、いつもピンと気を張り詰めているからだ。
父上が気を悪くしないように。
嫌われないように。
精一杯笑顔を浮かべて、あちこちに細心の注意を配る。
その、嫌われてはいけない、という無言の圧が、自分にもずしりとのしかかるようだからだ。
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