第三話  オレは草笛を吹ける

 野山を馬で駆ける。

 大川は白毛の馬──水雄婆閼多みをゔぁあた

 三虎は栗毛馬───香足火射箭かあひいやだ。


 大川は白い鹿にむかって矢を射る。

 外れた。


「ううむ。」


 悔しい。うなってしまう。

 すぐに三虎が矢を放ち、命中する。

 三虎がふてぶてしい顔で、フンッ、と鼻息を荒くする。

 ちなみに、表情が乏しいおのこなので、表情としては、唇がちょっとモゾっと動いただけである。


「やりました!」


 倒れた白鹿から矢を抜いた声が、実に得意気である。

 大川は、くすっと笑い、思いつきを口にする。


「白い鹿とは珍しい。軽裘けいきゅう(毛皮の軽い上等な外套がいとう)にしよう。」

「良いですね! 軽くて温かい、良い軽裘けいきゅうとなるでしょう。」


 三虎がうんうん、と頷いた。

 馬を木につなぎ、休ませる。

 縄をつけた白鹿を小川に放り込み、小川の水に血抜きを任せる。


 大川と三虎は、野原に並んで寝っ転がった。

 上天天光じょうてんてんこう(高い空に光満ち)、空はあおく澄んでいる。


 冬枯れの野原を渡る風は冷たいが、狩りで汗をかいた身体には気持良い。朽葉くちばを落としきった裸の木々が、風に寒そうに揺れる。


「兄上と会った。」

「え。」

「会ったというか……、繁みの向こうで女官と二人きりでいたのを、見てしまい、気づかれた。」

「それは……、随分と……。」

「ああ……、気まずかった。兄上に悪かったよ。それでな……、兄上は、恋してなくても女官と遊んで、七日以上生きる緑兒みどりこ(赤ちゃん)ができたら、大切にするらしい。」

「………!」


 左隣りに寝っ転がった三虎は目を見開き、私をパッと見た。

 その目には気遣わしげな光が浮かんでいる。

 三虎は、兄上の行いに関しての感想より、大川の持つ亀卜きぼくに思いが至ったようだ。


(……あの亀卜きぼくについては、私は三虎にも、話題にしてこなかったからな……。)


 大川は、少し皮肉げに口をゆがめた。


「それが兄上なりの、あの亀卜きぼくに対しての答えなのだろう。

 私も考えたよ。

 きっと私は早死にするのだろう。

 あの亀卜きぼくは、黄泉平坂よもつひらさかの向こうに、私の妻はいる、という意味なのではないだろうか……?」

「そんな事はありません!!」


 三虎が青ざめた顔で、がばっと上半身を起こし、大声を出した。

 そして大川の頭の横に左手をつき、寝っ転がった大川の上に覆いかぶさるように、三虎の顔が急に近づいた。


(近───!)


 大川はちょっと吃驚びっくりした。

 枯れ草の匂いと、三虎の好む浅香あさこうの、甘い郁氛いくふん(かぐわしい香気)が強く鼻をくすぐった。

 間近で、三虎の神経質そうな眉がゆがめられ、腫れぼったい目が潤み、薄い唇がふるふると震えている。

 三虎は、しっかと大川の目を見た。


「いけません、そんな不吉な事を言っては。

 早死になんてさせません。

 あんな亀甲きっこうなんざ、オレが綺麗さっぱり喰ってやる。

 黄泉に呼ばれるなら、オレが代わりに行ってやる!」


 強い言魂ことだま心臓しんのぞうが跳ねて、


「あは……、三虎……。

 おまえこそ、不吉なこと言ってるぞ……。」


 笑おうとして、笑えず、こみ上げるものがあり、大川は目を両手で抑えた。


「…………。」


 ふん、と鼻を鳴らした三虎が、大川の上から身体をどかした。

 しばらく大川はそのまま野原に寝っ転がった。

 凍える風が汗を冷やし、頬や唇から水気を奪っていく。

 手持ち無沙汰になった三虎は、大川のとなりで、ぶち、と草を抜き、


 ぷう───、ぷう───。


 と草笛を吹きはじめた。

 その素朴な音色を聴きながら、大川は落ち着いた。

 手を顔からはがし、


「ふ……。」


 柔らかく笑い、両腕を楽に頭の後ろに組んだ。

 三虎はこちらを気にしながら、座ったまま。


 ぷう───、ぷう───。


 と草笛を吹き続ける。


「三虎。おまえが乳兄弟ちのとで良かった。

 おまえを黄泉よみになんてやらない。私も、早死になんてしないよ。」


 上半身を起こしてる三虎を見上げながら、にやりと笑ってみせると、三虎はふてぶてしい顔で、


「それで良いんです。妻百人でもお励みください。」


 と言った。ぱちぱち、大川は瞬きし、ぷっと笑った。


「あっはっは……! 無理だろう、それは……!」


 ばたん、と野原に全身を投げ出して大の字になり、腹から笑った。

 そんな大川を、三虎は嬉しそうに、破顔して見下ろした。

 とても良い、顔全体が喜びにほころんだ笑顔だった。


「本当に、おまえが側にいてくれて良かった。ありがとう、三虎。」

「そうそう、オレは大川さまには、もったいないくらいの従者ですよ。」

「憎たらしいな!」


 大川は笑いながら、近くの草をむしって三虎に放ってやった。

 三虎は草をよけもせず、澄まし顔でふところから梔子くちなし色の麻袋を取り出し、中から白い小さな貝がらを取り出した。


「大川さま。風が強く、すこしお肌が乾燥してます。塗りますよ。」

「ああ。」


 三虎は貝合わせを開け、中身の黄色い宇万良うまら(野イバラ)の練り香油こうゆを親指の爪ですくった。

 貝合せを閉じると、指で練り香油を練って柔らかくする。

 大川は大人しく、じっとする。

 三虎はこちらの顔をつぶさに見ながら、頬にすりすり、と丁寧に練り香油をすりこんだ。

 すごく甘い、宇万良うまら(野イバラ)の匂いがフワリと漂う。


「ありがとう。」


 そう微笑んで言うと、三虎が、ふっ、と口元だけで笑う。










 ↓挿絵です。(近況ノート、文章で遊んでしまいましたが、「蘭契ニ光ヲ和グ」には関係のない文章なので、急ぐ方は、バーッと下までスクロールして、挿絵だけご覧ください。)

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093085905488116

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