第四話  ゆくらゆくらと揺れる

(どうしてこういう事になったのかな……?)


 上毛野君かみつけののきみの大川おおかわは、目の前で揺れるお尻を眺めながら、腕組みをし、首を傾げ、自問をしていた。


 女官が机の下に頭をつっこんで、


「ううん……、どこかしら……。」


 と捜し物をしている。

 蘇比そび色(赤橙)の裳裾もすそ(スカート)ごしに、豊満なお尻だという事がわかる。


(丸いんだなあ……。)


 そのお尻が、右に、左に、たっぷりと時間をかけて、ゆくらゆくらと柔らかく揺れる。


 右に。

 左に。

 ゆぅくらゆくら……。


 悪いと思いつつ、つい見入ってしまうのだった。





    *   *   *





 三虎と野駆けをし、母刀自ははとじ夕餉ゆうげをすませ、さっぱりと湯殿ゆどので身を清めた。

 三虎は、


「革をなめした様子を確認しますので、今日は下がります。」


 と早めに下がった。


 いぬはじめの刻。(夜7時)


 大川は自室で一人で過ごす。

 ぬるくなった白湯さゆをのんびり白い須恵器すえきから飲み、


(もう今日は蝋燭ろうそくを消して寝るかな……。)


 と思っていたら、


「大川さま。入れてください。宇都売さまの使いでございます。」


 と、閉じた妻戸つまと(出入り口)の外から、女官の声がした。

 妻戸つまとを開けると、あまり見かけた事のない女官が一人、腕に沢山の山橘やまたちばなを抱えて、部屋に入ってきた。

 母刀自に差し上げた山橘の残りを、部屋に飾りに来たと言う。



 夕餉ゆうげの時、母刀自の部屋にはすでに、山橘が砂張さはりの花瓶(金色に輝く高価な花瓶)に飾られていた。

 母刀自からは、山橘のお礼を、嬉しそうに告げられた。


(母刀自が喜べば良い。)


 その事だけで満足し、大川の部屋に戻ってきたら、山橘が飾られていなかった事など、気にもしていなかった……。


さるの刻(午後3〜5時)には、母刀自ははとじに届けたはずだが……?」


 不思議に思ってそう言うと、十七か十八歳くらいの若い女官は、


「ええ。」


 と大きな口でにっこり笑い、


「大川さまの分の山橘が少なくなって、寂しい感じになってしまったので、なんとかならないかと、いろどりを探していたのですわ。」


 と、大川の部屋にあった、唐渡からわたりの貴重な緑釉みどりゆうの花瓶に、山橘を活けた。

 見れば、たっぷりの山橘と、少しの檜葉ひばが添えてある。

 冬、朽葉くちばを落とし裸になる木が多いなか、檜葉は青々しい緑の葉を艶めかせていた。


檜葉ひばか。」

「ええ、清浄な香りがするので……、あ!」


 山橘が一房、揺れて、紅い小さな実が床にこぼれてしまった。


「申し訳ございません。すぐに……。」


 さっと女官はしゃがみこみ、落ちた山橘の実を探しはじめた。

 もうすっかり陽は落ちて、部屋は蝋燭ろうそくの明かりと、半蔀はじとみから差し込む満月の明かりのみで照らされている。

 人の顔は見れても、床の小さい実を探すのは難儀だろう。


「別に良い。」


 そう大川は声をかけたが、すでに女官は机の下に頭をつっこんでいて、大川はおみなのお尻にむかって声をかける羽目になった。


 ゆくら、ゆくら、と豊満なお尻は大きく動きながら、


「すぐ見つけますわ!」


 と返事をし、その割には、なかなか小さな赤い実を見つけられず、大川は首を傾げ、腕を組み、随分居心地の悪い時間を過ごした。


 居心地が悪いのは、つい、まるく揺れるお尻の動きを目で追ってしまったからである……。


「ありましたわ!」


 大きな声がして、にょきっと机から頭が生えた。


(あっ!)


 女官の満開の笑みから、大川は目を目をそららした。

 女官の髪型がひどく乱れ、耳上の美豆良みずらが崩れて、肩にかかってしまっていたからだ。


 それは、人に見せるにはひどく恥ずかしい格好である。


 女官は笑顔をひっこめ、不思議そうな顔をしたが、ややあって、髪型の乱れに気がつき、


「あああ……。」


 と大きな口で悲鳴をあげ、真っ赤になって小走りに部屋を出ていこうとした。

 しかし妻戸つまとの前でくるっとこちらを向き、


「人に見られたら良くありません。

 部屋の隅でお時間をいただいてもよろしいですか?」


 と訊いてきた。

 否と言えるはずもない。








 


 几帳きちょうの向こうで衣擦れの音がする。

 髪をくしけずる音がする。


おみなの身支度って、随分時間がかかるんだなあ……。)


 大川は几帳きちょうから背をむけ、腕を組み、首をかしげ、……つい、おみなのたてるかすかな音に耳をかたむけてしまう。


「あまり見ない顔だけど、母刀自の女官なのか?」

「はい。つい最近、召し抱えていただきました。

 この秋までは緑野郡牛田郷みどののこほりうしだのさと良民りょうみん(平民)でした。

 不調法ぶちょうほうで申し訳ありせん。」


 髪を梳る音がやんだ。


「ありがとうございました。」


 女官がでてきた気配がした。

 大川は振り返る。

 美豆良みづらは清らかに結い上げられ、女官は、大きな口でにっこりと笑った。

 唇が厚く、ぽってりとして、柔らかそうだ。

 目は小さめだが、愛らしく、どちらかというと丸い顔。

 わらはぽい幼さの残る顔立ちだ。

 肌は良く日焼けしていた。

 

 大川もつられて微笑み、


「まだ慣れぬか?」


 と訊いた。


「はい、稲刈りや、藁紐わらひも編みのほうが得意なくらいです。」

「藁紐編みなら、私もできる。」


 大川が胸をはって言うと、おみなはくすりと笑い、


上毛野君かみつけののきみの若さまが、まさか!」


 と信じられないように言った。

 大川は、なにか良い気持ちになり、


「本当さ。こうやって、右足の親指にひっかけて、こより、こよりして編むんだ。長く作れるぞ!」

「へえ……。本当なのね。」


 おみなは小ぶりな目を丸くして、まじまじとこちらの顔を見た。

 おみなと大川は見つめ合った。










 ↓挿し絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330660883866244

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る