第五話 ゐねてむしだや
その日は夕餉を食べ損ね、山橘を活けるのに時間がかかりすぎだ、と鎌売からふくらはぎを棒で打たれたが、そんなのもう、どうでも良かった。
夢見心地のまま、次の朝も起きた。
だが、その一日は……、
嵐のような悪夢が起きた。
賊にさらわれ、乱暴されかけ、助けてくれた
広河さまは
こんな恐ろしいところで……。
先程、賊の流したおびただしい血。
汚れた藁は全部、
なぜ、広河さまは、こんなところでお望みなのだろう?
あたしにそんなに恋した?
違う。
広河さまは、あたしを気に入った、と言いながら、目の奥は喜びに輝いていない。
あたしに恋していない。
昨日の
胸の奥に温かい光が
広河さまを受け入れながら、あたしはギュッと目をつむった。
(昨日の麗しいさ寝のあとが、まだ身体に残っているのに……。)
気をつけないと、涙が零れてしまいそうだった。
しかし、これ以外にどうせよと言うのだろう?
あたしは家族を下人から救う。
そう自分に誓ったはずだ。
それには、今、こうやって広河さまの言う通りにする以外、どうしろと言うのだろう。
(ああ、大川さま……。)
大川さまの顔を思い浮かべる。
優しい大川さまのことだ。
賊の手がついても、あたしを捨てないかもしれない。
しかし、確証はなかった。
広河さまがあたしを望んだ以上、大川さまは兄と争うことを選ばないだろう。
女官をめぐって兄弟で争うなど、地獄になるのが目に見えてる。
まわりが必死に
そしたら、大川さまは、一夜の女官を選べないだろう。
優しさゆえに。
だから、今は、広河さまが家族を救うと了承してくださったこと、その
気まぐれで無しになってしまわないように。
広河さまが、言動や見た目とは裏腹に、優しく身体を扱ってくれることだけが救いだった。
終わった。
これでもう、元には戻れない。
あたしはしっとりと濡れながら息をつくが、広河さまが、
「まだ。」
と、また手を触れてきた。
「はい……。」
と、あたしは従う。
揺すりあげ。
揺すりあげ。
唇を上から這わせ。
下から這わせ。
ニ回目であろうと、広河さまは丁寧に、優しさを失わず、あたしを濡らした。
広河さまの言動や表情は冷たいのに、さ寝はこれだけ繊細で、
顔は笑顔を浮かべず、無口だが、身体がすごく雄弁だ。
身体はすごく……、優しい。
「まだ。」
「え……? はい……。」
「まだ。」
「ええっ……?」
「まだ。」
「嘘でしょう?!」
「嫌か。」
「い、嫌では……。」
「では。」
広河さまの丁寧さが止まらない。
舌で
大豪族の長男の舌がそんな風に動くなんて、
「ああ、信じられない……っ!」
あたしは、もう何回も口にしてる言葉を叫ぶ。
揺すりあげ。
揺すりあげ。
浅くきては深く。
浅くきては深く。
捏ねまわし。
突き上げては、突き上げる。
「そんなにされてはあ、
もう目の焦点があわない。
こんなに叫び声をあげ続け、汗を全身から吹き出させ続けては、汗という汗、水という水が、全て全身から出て行ってしまう。
干からびて死んでしまう!
本気でそう思ったとき、
「入ります。」
と声がし、従者の伊可麻呂が、
あたしは戦慄した。
(これが大豪族……!)
なんという用意の良さ。
ということは、この赤土の小屋という場所も、広河さまは、あえて選んでいるんだわ……。
大豪族の考えていることは、わけが分からない…… 。
広河さまの胸で美味しく
「まだ。」
と言ってきた。
もう何度、
広河さまの腕のなかで、叫び声をあげながらあたしが身体をそらした時。
(あっ……!)
白い鮮烈な光が頭のなかでパッと弾け、あとは
身体の外に出ていってしまった。
(待って! 行かないで……!)
大川さまの
(駄目……!)
もう駄目だ。
もうこれでは、大川さまのことを思い出せない。
大川さまがどのように、あの繊細な手で、あたしの身体を撫でさすったのか。
大川さまの唇と舌が、どのように甘かったか。
───い、……痛くない? 大丈夫……?
と気遣いながら、おずおず進んできた大川さまが、どのようであったか。
もう頭では覚えていても、この身体は思い出せない。
もともと、一夜だけの、儚い、蛍の光のような麗しいさ寝だったのだ。
もう
もうこの先一生、大川さまを慕わしく思い返すことはできない。
「ああ─────────ッ!!」
悲しみがあたしの心を引き裂き、吹き出し、あたしは絶叫した。
決してくわいらくの声ではない。
悲しみの声をあげ、身を
身体は潤い、こんなにも広河さまに応えながらも、心は、悲しみに
その後も広河さまは求め続け、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます