24 買い物のついでに

 神社の家は、賑やかだった。

 なので、そのまま立ち去ろうとしたけど見つかってしまった。

 

「エイタ兄ちゃん、お邪魔してるよ」

 

 家の窓からミヤチが手を振っている。

 あの窓からだと、この辺りがよく見える。とはいえ、毎回よく気が付くものだ。

 監視でもしてるのだろうか。


「ようミヤチ、今日もユカリとデートか?」

 

 声を詰まらせるミヤチに代わって、座ったままユカリが返事をする。

 

「はい。神社デートって素敵ですよね」

 

 相変わらず、変わった子だ。

 中には美晴の姿も見える。

 なかなか楽しそうだ。……まあ、別に混ざりたいとは思わんが。


「日も傾いてきたから、暗くなる前に帰るんだぞ」

「はーい」

 

 よし、元気な返事だ。

 我ながら、らしくないことを言っている気がする。

 とはいえ、こういうのも悪くない。……と思えるようになった。

 これも雫奈のお陰だろうか。


「おい兄ちゃん、もう帰んのかよ」

「ああ、買い物のついでに、様子を見に来ただけだからな」

 

 そんなに露骨に残念そうな顔をするなって。

 俺が居たところで、何がしてやれるってわけでも無いんだから。


 窓越しにミヤチの頭をわしゃわしゃする。

 

「ちゃんとユカリを守ってやれよ」

「あ、当たり前だ」

 

 少し顔を赤らめて、目を逸らす姿が、初々しい。

 ……なんてことを思っていると、玄関から美晴が出て来た。

 

「兄さん。途中までやけど、付きうたるわ」

 

 そう言いながら、窓に向かって別れの挨拶がわりに笑顔で手を振っている。


 雫奈がこちらに手を振り返しているのが見えた。

 なんとなく……としか言えないが、なんだか美晴の事を託された気がした。

 

「まあ、いいけど。なら、スーパーへ行くか」

 

 そこなら、美晴の家にも近い。




 俺は、郡上家とはそれほど親しいわけじゃない。

 こうして近くに引っ越したのも、ただの偶然。

 叔父さんの顔を見たのも、数えるほど。

 ここに来て、近くに住んでいるのを知っていたので挨拶に行った時も、子供の時以来の再会で、共通の話題といえば母のことぐらいしか無かったほどだ。


 美晴と会ったのは、その時が初めてだったと思う。

 それより前に会っていたとしても、美晴が赤ん坊の頃だろう。

 少なくとも、俺の記憶にはない。


 残念なことに、引っ越してきてから美晴の母親とは会っていないが、子供の頃の記憶では、綺麗で優しい人だった……はずだ。

 仕事で長く家を空けているのか、家事は美晴の担当で、弟たちの世話もしているらしい。


 その後、一度だけ叔父さんが、美晴を連れて俺のアパートにやってきた。

 そんなに酷い生活をしていたつもりはないけど、なぜかそれ以来、叔父さんは俺の事を気にかけてくれ、ちょくちょく美晴がメッセージの代筆をさせられていた。

 中学生らしからぬ必要最小限の文面は、嫌々させられている様子を物語っていた。それは高校生になった今も変わっていないので、どうやら俺のことを嫌っていたってわけではなさそうなので、少し安心した。

 

 美晴と二人っきりで、こうやって並んで歩くのは初めてだ。

 歩調はかなり速いが、俺にはとても歩きやすい。

 

「兄さん。ホンマ優しいなぁ」

「そうか?」

「わざわざうちに近い店、選んでくれたんやろ?」

「たまたまだ」

「まあ、そう言うんやったら、それでええけど。ほかにも、ほら、アタシって歩くの早いやろ? それに合わせてくれてるやん。しかも、車道側歩いてくれてる」

 

 無意識に、雫奈と歩いてる時のクセが出てしまったようだ。

 

「気にするな。側溝のほうが危ない時もあるから、油断するなよ」

「せやな。気ぃつけるわ」

 

 冗談だと思ったのか、クスクスと笑っている。


 目的のスーパーが見えてきた。

 そろそろ美晴ともお別れだ。

 俺の心配は杞憂だったようで、結局、何も起こらなかった。


「ほんじゃ兄さん、また遊びにいくから、ばいばーい」

 

 無駄に元気な従妹の背中を見送る。……って、ちょっと待て!

 

「美晴!」

 

 叫ぶ前から、俺はダッシュしていた。

 必死に手を延ばし、服をつかむと強引に引っ張る。

 そのまま、抱き寄せるようにして後ろへ飛んだ。

 その前を、制御を失ったオーバースピードのパン屋のバンが通り過ぎ、横転して歩道に突っ込む。


 俺たちは、勢い余って無様に転がってしまったけど、幸い怪我は無かった。

 当たり前だが、よほど恐ろしかったのだろう。指の血の気が失せるほど、俺の服を思いっきり握って離さない。

 青い顔で震える美晴を放っておけず、家まで送り届けることにした。


 家に着くころには、美晴の元気が少しは戻ってきたようだ。

 あまり騒ぎにしたくないのか、特にあの叔父が知ると大騒ぎになるからってことで、伏せておくことになった。

 それならばと、俺は美晴が家に入るのを遠くから見届け、叔父とは顔を合わさずに立ち去った。




 事故現場付近は大騒ぎになっていた。

 とてもじゃないが、スーパーで買い物をって雰囲気ではなかったし、そういう気分も消し飛んだ。

 なので、近くのお地蔵さまに手を合わせてから、そのままアパートへと戻った。

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