ep.13

98 賑わいの理由

 これほどの参拝客だ。知り合いもいるので、何度も声を掛けられる。

 まあ、ほとんどは優佳に向けられたものだが、何にしても目立たないようにこっそりと家に入るってわけにはいかなそうだ。

 無難に挨拶を返しながら進んでいく。


 気にせず堂々と家に入ればいいのだが、少し手を貸しているだけの俺が……と、どうしても腰が引けてしまう。

 裏庭に回ることも考えたのだが、それを見て真似をする人が出てくるのも困るので、焦らず慌てず、笑顔を浮かべたまま応対に務める。

 

 三藤さんの姿を探すが、授与所には雫奈が出ていた。

 群がる人たちを一人で対処していて、すごく忙しそうだ。

 どうしてこんな事になっているのかと声を掛けてきた相手に問いかけてみるも、よく分からないらしい。ただ、ここのお守りが評判になっているようで、知り合いから買ってきて欲しいとお願いされたなどと言っていた。

 それに、売れ切れになっていて残念だ……とも。

 

 なんとか玄関にたどりつき、家の中へと入る。

 社務所では三藤さんがバテていた。

 こんなグッタリしている姿を見るのは初めてだと思う。だけど、俺を見つけると笑顔を浮かべた。……と思ったら、泣きついてきた。


「繰形さ~ん、助けて下さい~」


 なんだか厄介なことになってそうなので、回れ右をして逃げ出したかったが、そういうわけにもいかないだろう。

 優佳は……台所にいるようだ。


「何がどうなってる。状況が全く分からんが……」

「あのお守りが品切れになっちゃいました」


 これほどの参拝客が集まっている理由を知りたかったのだが、何にせよ収入が増えることはいいことだ。


「それは……よかった。おめでとう」

「なのに、欲しいって方がどんどん来ちゃって、もう大変ですよ」

「だったら丁度良かった。追加の雫石を持ってきた」


 カバンの中から布の袋を取り出す。

 その中には、正確には数えてないが、雫石が百個ほど入っている。

 まあ、これだけあれば、しばらくは大丈夫だろう。

 一瞬、そう思ったが、ふと気付く。


「あれ? だしか昨日、まだ百個ほど残ってたよな。お守り」

「ですです。たぶん、原因はコレです」


 差し出されたケータイの画面を見る。

 お守りの中を開けてみたとかで、俺の書いたイラストが紹介されていた。

 なんでも、有名な配信者のチャンネルらしい。


「なんでコイツ、こんなローカルな神社で売られてる、何の変哲もない普通のお守りを開けようなんて思ったんだ?」

「それがですね。美人で可愛い巫女さんって、雫奈さんの噂が広まったみたいで、その流れでお守りを開封しようということになったみたいなんです。それで、トドメがこれですよぉ」


 動画のの中で、三種類のイラストが並んでいた。

 三姉妹女神コンプというテロップを添えて。


「これは……なんというか。ちょっと方法を変えたほうがいいかもな。お守りの中は、三人揃った一枚絵にして、今までのイラスト……グッズを作るのも面白いな」

「そ、そうですよね。このビッグチャンスを生かさなきゃ……ですよね」


 俺は、他にもお守りを分解するって暴挙に出る奴が出てこないように、その対策を考えたつもりだったんだが……

 三藤さんは、俺の示した次善策を、この状況を活用する案だと受け取ったようだ。なんだか尊敬の眼差しが痛い。

 まあ、理由はともかく、少しは元気が出たようだ。逞しい事に、もうすでに三藤さんは、どうやって収入に繋げようかと考え始めているようだ。


「あっ、私、戻って雫奈さんのお手伝いをしないと」

「だったら、雫奈と交代してきてくれるか?」


 俺の言葉にギョッとした三藤さんは、情けない表情で懇願してきた。


「ちょっと、繰形さん。恐ろしいこと言わないでくださいよぉ~」

「えっ? 恐ろしい事?」


 たしかに人は大勢いるが、お目当てのお守りがなかったら、お渡しする人数も限られてくるだろう。そう思ったんだが、違うらしい。


「私一人じゃ、あんなにたくさんの御朱印、書けませんよ」

「御朱印って、ハンコを捺して筆で書くアレだよな。二人とも書けるのか、すごいな」

「こう見えても、毛筆二級の資格を持ってるんですよ」


 三藤さんが、誇らしげに胸を張る。

 

「ってことは、この人だかりは、その待ち行列なのか……」


 ハンコを押すぐらいなら俺でも手伝えそうだが、毛筆は自信がない。

 いや、自信とかいう以前の問題だ。筆ペンどころか、まともに文字を書く機会が激減している。その多くは、メモなどの走り書き程度だ。

 だから素直に感心していたのだが、三藤さんは居心地が悪そうに呟く。


「そこはスルーされちゃうと辛いんですけど。本当に難しくなるのは準一級からですから……」


 そんなことを言われても、毛筆の資格なんてものは知らないのだから仕方がない。それとも、知らない俺が変なのだろうか。


「スマン、俺には縁が無かったが、そんなにメジャーな資格なのか?」

「存在だけは知ってるって人がほとんどですかね。だから、冗談なので気にしないでください。……あっ、集まっている人たちは御朱印の記帳待ちだと思いますよ。整理券を配って、待ってもらってるんです」


 なんにせよ、今日だけが特別ってわけじゃなくて、しばらくはこの状態が続くと思ったほうがいいだろう。

 だとしたら、俺も少しは頑張らないといけないようだ。


「……そっか。じゃあ俺はイラストを描きに戻るとしよう。雫石もできるだけ作って、夕方には届けるようにするよ」

「はい。お願いしますね、繰形さん」


 パンと両手で自分の頬を軽く叩いた三藤さんは、元気が出たと呟いて、笑顔で手を振りながら授与所へと出て行った。

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