70 粘土細工
適当に昼食を済ませた後、ひとり部屋で作業していた俺は、ひと息つこうと席を立ち、身体をほぐす。
こうして集中して何かを作るのは楽しい。細かいものほど没頭できる。
だが、やはり疲れる。
気が付けば、いつの間にか優佳が部屋の中にいた。
長い髪を後ろで縛っただけの、ラフな部屋着姿だ。
なるほど、今日は学校が休みだったのか。
気配を消して近付いたのか、いま来たばかりなのかは分からないが、ちゃんと気配を感じさせてから声を掛けてくれるので、驚かされることはない。
「何を作ってるのですか? 兄さま」
「あー、ご神木の枝ってあっただろ? あれ、この前のことでほとんど力を使い果たしたらしいから、粉末にしてお守りにしようと思って」
「そういえば、そんなことを言ってましたね」
「そう、それで試しに、特殊な粘土に混ぜて特別なものを作ろうかと」
パソコン上でなく、実際に立体を作り上げるとなったら、勝手が違ってなかなか難しい。手先の器用さはもちろんのこと、空間把握能力が重要になる。
「これは……この前、美晴さんが見せてくれたワンちゃんですね。これほど小さく作るだなんて、すごいです。兄さま」
「でも、なんかいまいち、様にならないというか、ちょっと違うんだよな。優佳から見て、ちゃんとできてるように見えるか?」
「う~ん、お守りの効果は高いと思います。造形でしたら、もう少し目に優しさがあればいいかと。あとは尻尾が少し違っているような気がしますね」
「尻尾か。たしかにな……」
「たぶん……ですが、ふさふさ感が足りないようですね。それと、少し長すぎるのではないのでしょうか」
優佳はパソコンを操作して、別の画像を表示させる。
とても分かりやすい角度で写っていて、見ればたしかに優佳の指摘通りだった。
「なるほどな。すぐに終わらせるから、ちょっと待っててくれ」
「はい。では、お菓子でも作って待ってますね。兄さま」
「えっ? 何か用事があったんじゃないのか?」
「いえいえ、何をしているのかと気になっただけですから」
その言葉を鵜呑みにするわけではないが、それならばと修正を始める。
……とはいえ、ものの数分で終わった。
これからお菓子を作り始めるのなら、まだ少し時間がかかるだろう。ならばとついでに、他にもいろいろと細かな粘土細工を進めていく。
しばらくして、部屋に美味しそうな匂いが立ち込めてきた。
粘土を残せば保存が面倒だが、とても使い切れる量ではない。なので、お守り作りはここまでにして、片付けることにする。
出来上がった作品を陰干しし、残った粘土を容器に入れてしっかりと密閉する。
「ふぅ……、こんなもんかな」
椅子から立ち上がって振り返ると、優佳はキツネエプロン姿で、なんだかよく分からない機械を使って何かを作っていた。
ホットケーキのような甘い香りに、バニラと砂糖の匂いだろうか。甘さに甘さを積み重ねた中に、少し酸味を感じるのはイチゴだろうか。
料理だと頼りない手つきになるのに、お菓子作りとなったら別人のように手際がいい。その様子を横目に見ながら、手を洗うために洗面台へと向かう。
ついでに顔も洗ったりして所用を済ませて戻ると、すっかりおやつの用意が整っていた。それに、巫女姿の雫奈も飲み物を用意してくれている。
「おお、家でこんなものが作れるのか」
「はい。姉さまがワッフルメーカーを頂いてきたので、一度使ってみたいと思ってたんです。こちらがイチゴジャム入りで、あとはプレーンです。チョコソース、はちみつ、生クリーム、粉砂糖がありますので、お好きなトッピングでどうぞ」
「おやつというより食事だな。昼は軽めだったから、ありがたいが……。それにしても、よくこんな
「ああ、それね。こういうのが好きな人で、一度に八種類のキャラクターの形で焼けるのを新しく買ったんだって。それに、これと同じようなのがまだ家にあるから、よかったらどうぞって」
その人、どれだけワッフルが好きなんだろうか……
「いや、それでも、普通はくれないだろ」
「栄太が知らないだけで、私、結構人望があるのよ。静熊神社の宮司だし、なんてったって女神だからね」
「ああ、そうだったな」
エッヘンと胸を張る雫奈を、俺は軽く受け流す。
だが、現実に雫奈の人気……っていうか、知名度は確かに上がっているようだ。
最初は、地蔵や祠に手を合わせて歩くちょっと風変わりな人……だったのが、今では道を歩くと気軽に声を掛けられるようになっている。もちろん、とても好意的な感じで。
その効果か、神社への参拝者も増えており、収入もそこそこあるようだ。とはいえ、それで三藤さんと時末さんの給料分が賄えるのかは、かなり怪しいと思っているのだが。
なので一応、応援する意味も込めて、会社に一つの企画案を提出しておいた。
内容は、簡単に言えば神社の宣伝だ。
本当は、俺たちだけで進められれば良かったのだが、さすがに無理だと早々に諦めた。こういうものはインパクトが大事なのだが、土地神の小さな神社が注目を集めるのは相当に難しい。
ならば、会社を巻き込み、他の神社も巻き込んで、大きなプロジェクトにしてしまえ……って思ったのだが、奇跡が起きない限りは却下されるだろう。
まあ、ダメ元の計画なので、それもまた仕方がない。
「どうぞ、召し上がれ。兄さま」
「おう、いただきます」
一人だったら決してやらないが、二人の前だと自然を手を合わせてしまう。
するとスイッチが入ったのが、さっきまで全く空腹を感じていなかったのに、目の前に食べ物を置かれた瞬間、お腹が騒ぎ始める。……さすがに少し恥ずかしい。
まずは、プレーンに何をつけず、そのままひと口。
「おっ、美味いな。甘さ控えめで、これならいくらでも食べられそうだ」
「喜んで頂けて嬉しいです。甘さが控えめなのは、トッピングを楽しむ為ですよ。兄さま」
なるほどなと感心しつつ、いろんな味を楽しんでいるうちに、あっという間に満腹になった。
イチゴ味の生クリーム乗せもだが、粉砂糖を振っただけでも美味しかった。
これは、少し運動でもしないと、いろいろヤバそうだ。……カロリー的に。
そんな俺の心を読んだのか……
「それでは兄さま、私とデートをしましょう」
ユカリは茶目っ気たっぷりに、そんな提案をしてくる。
少し驚いたが、何だかんだ言いながらも、優佳にもお世話になっている。これが褒美になるのか分からないが、了承することにした。
「そうだな。たまには優佳にも何かご褒美をやらないとな」
優佳だけでなく、雫奈までもが驚いたような、不思議そうな顔でこちらを見る。
「ん? どうした?」
「いえ、もっと驚いたり、嫌がったりするかなって思ったので。でしたら、すぐに準備をしますね。兄さま」
この程度のことでそこまで喜ばれると困惑するのだが、なんだかすごく嬉しそうな様子で、優佳が隣の部屋へと駆け出ていった。
「いや、片付けがあるから、そんなに急がなくていいぞ」
苦笑しつつそう言うと、いつの間にかエプロンを装着していた雫奈が……
「片付けなら私がやっておくから、栄太は優佳に付き合ってあげて」
なにか、意味ありげな笑顔を浮かべている。
それを見て、少し嫌な予感がした。
「あー、もしかして、ケガレが関係してたりするのか?」
雫奈が噴き出すようにして笑い出す。
いやまあ、俺も自分でビビリ過ぎだろって気もするけど、普段と何か違うことが起きたら、それが何気ないことであっても、ついつい警戒してしまう。
「もしケガレが関係してるなら、私も気付くと思うんだけど、今のところ何もないのよね。まあ、優佳の事だから、何か意味がありそうなんだけど……。でも案外、たまには栄太と二人でお出かけがしたいって、思ってるだけかもね。まあ、だから、しっかり二人で楽しんできてね」
「……まあ、そうだな。普段の優佳を知る、いい機会かもしれないし。あー、雫奈も神社の仕事があるんだろ? 帰ったら俺が片付けるから、放っておいていいぞ」
「そんなこと、気にしなくていいわよ。ほら、優佳が待ってるから、栄太、早く行ってあげて」
そんな感じで、追い出されるようにして、俺はアパートの部屋を出た。
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