69 おかげで勇気をもらえたよ

 夢中になっていたせいか、時間の経過が早かった。

 考えてみれば、向こうでも窓の外が明るくなっていた気がする。


 ベッドに横たわったまま大きく息を吐き出して、少し目を閉じる。

 眠るつもりはない。心を落ち着かせるための、ちょっとした休憩だ。

 そのまま三十分ほど心身を休め、くわっと目を見開いてベッドから降りる。

 まだギリギリ偽装システムは動いていないが、たぶん心配ないだろう。


 干してあったいつものカバンとトートバッグは、ちゃんと乾いていた。

 そこに、部屋の入り口付近に置いてあった小型の背嚢デイパックの中身を移していく。

 ワインの瓶には、ちゃんとご神木の枝が入っていた。

 こんなものを持ち歩いていたら、どう考えても不審者だが、一応持っていくことにする。

 干してあった折りたたみ傘を丁寧にたたんでカバンに入れ、朝の支度を済ませると、俺は静かに部屋を出た。

 



 今日はコンビニに用はないので、そのまま真っ直ぐ秋月神社へと向かい、いつもの様に丸太ベンチに寄りかかって風景を眺める。

 しばらくして、すぐ近くに気配が現れた。


「爺さん、来てくれたんだな」

「待たせてしもうたかの」


 小柄で優しそうな中に、氷刃のような鋭さを感じさせる老人、豊矛様が現れた。


「どうせ爺さんのことだから、俺の言いたいことは分かってるんだろ?」

「心当たりはいろいろあれど、そのどれかまでは分からんな。じゃが、無事に問題が解決できたようで、何よりじゃ」


 俺たちがあがいている姿を娯楽気分で高みの見物をされているようで少し不愉快だが、悪い神じゃないってことは分かっている。だからまあ、恨みはない。


「分かってんじゃねぇか。俺が無様に気絶した後、何があった? ……って聞いたところで素直に教えてくれたりはしないだろうな」

「いやいや、そんな意地悪はせんよ。知りたいのは、あの娘に宿っておった闇の行き先じゃろ?」

「ああ、そうだ。優佳は悪魔が関わってるんじゃないかって心配してるんだが」

「ほう、悪魔か。確かにあの闇は、悪魔にとっては、そこそこ美味そうな馳走じゃろうな。だが、不正解じゃ。……いや、半分は当たっとるかの」

「ってことは、相手のことを知ってるんだな」

「ああ、よく知っとるよ。ワシが依頼を出したんじゃからの。放っておいたら、あの娘も闇に飲まれておったから、十畦とうねの鬼神に対処を任せておったのじゃ」

「キジンって……鬼の神ってことか? 聞くからに恐ろしそうなんだが」

「それは心配ない。元は優しすぎる神での、人々から苦悩や悪意を取り除き、己に取り込むことで鬼神になった奴じゃ。じゃから、悪魔と違い、闇を喰らわれても、あの娘の心が削られることはあるまいよ」


 つまり豊矛様は、ユカリが抱えている闇に気付いていて、その闇が暴走……つまり、魂が堕ちてアラミタマ化する可能性を察知していた。

 だから、そうならないように十畦とうねの鬼神へ依頼して、その闇を喰らうように依頼していた。

 悪魔が喰らえば、魂に深刻なダメージを与えかねないけど、その十畦とうねの鬼神なら、魂に余計なダメージを与えずに闇を喰らうことができる……ってことらしい。


「いや、だったら先に教えてくれたら……」

「甘えるでないわ。奴に依頼したのは、お主たちが失敗した時の尻拭いじゃよ。無事に解決できれば良し。じゃが、もしもの場合は……という奴じゃ。出番がなければそれが一番じゃったが、おかげで助かったじゃろ?」

「俺は早々に気絶したから何とも言えんが、助けてくれたのなら感謝する。ありがとう、豊矛様」


 俺は姿勢を正し、小柄な老人に向かって深々と頭を下げる。

 最悪の結果にならなくてよかったと思う反面、恐れていた通り、俺のせいで失敗したんだと判明して、悔しい思いで一杯になる。

 雫奈や優佳は、そんなことひと言も言わなかったし、俺のことを責める様子もなかった。そもそも戦力に入ってなかったってこともあるだろうが、そういうこともひっくるめて、とにかく悔しい。

 

「なあ、爺さん。俺に何が足りなかった? いやまあ、足りなものだらけなんだが、爺さんから見て、俺に一番足りてないモノが何か、教えて欲しい」

「栄太はよくやっとるよ。人の身でそれだけやれれば大したもんじゃ。だから褒美を与えたんじゃが、役に立ったじゃろ?」

「まさかと思ったが、やっぱり……」


 カバンの中からワインの瓶を取り出し、封を解いて枝を取り出す。

 だが、ちょっと様子がおかしい。


「あれ? なんか弱ってないか?」

「そうじゃの。とうやら力を使い果たしたようじゃな。まあ、こやつも、栄太の役に立って本望じゃろ」

「いや、結局、倒しきれなかったんだがな。でも、ありがとう。おかげで勇気をもらえたよ」

「まあ弱っておるが、お守り代わりにはなるじゃろ。どこかに飾ってやるといい」

「それなら爺さん、これを粉末にしても大丈夫か? お守りにして配れば、ちょっとは神社の収入になるだろ? でも、やっぱ、さすがに罰当たりか?」

「別に粉末にしたからといって、罰なんぞ当たりゃせんぞ。そうじゃな、それもよかろう」

「それは助かる」


 豊矛様は、話は終わったとばかりに、背を向ける。


「わざわざ時間を作ってもらって悪かったな、爺さん」

「別に構わんよ。じゃあ、ワシはそろそろ行くかの。栄太よ、達者で暮らせよ」


 軽く右手を上げた豊矛様の後ろ姿が、景色に溶け込むように消えていった。

 



 枝を再び瓶に入れ、厳重に封をしてからカバンに入れる。

 今日も風が気持ちいい。


「結局、いろいろ助けてもらってたんだな……」


 中州に立つご神木を眺めながら、俺はしみじみと呟いた。

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