71 優佳とデート

 隣を、優佳が上機嫌で歩いている。

 時間的に夕食の材料を買い出しに出る頃なのか、そこそこの人通りがあった。


 優佳の服装は、ドレスっぽいワンピース、白いソックスに赤い靴といった、幼さと可愛さを前面に押し出したような姿だった。髪もしっかりとまとめ上げ、大きなリボンで飾られている。

 まるで子供なので、これなら兄妹にしか見えないだろうって思ったのだが……


「おや兄さん、今日は優佳ちゃんとデートかい?」


 外に出て最初に掛けられた言葉がコレだったりする。

 別に俺は勘違いされても一向に構わんが、変な噂に化けて外が歩けなくなったら困る。不審な男が少女を連れ回している……なんて思われたら、本気でへこむ。

 ちょっと用事で……などと誤魔化して先へ進むが、その後も同じような言葉を何度も聞かされた。


 二人はまあ、いろんな意味で目立っているし、可愛がられているようだから気軽に声をかけられるってのは分かる。

 でも、この前も思ったのだが、なぜかそこに俺まで加わっているような気がする。


「あら、優佳ちゃん。今日はお兄ちゃんとお出かけかい?」

「はい、そうなんです。今日は兄さまとデートです」

「そりゃ良かったねぇ。しっかり楽しんでくるんだよ」

「はい、ありがとうございます」


 なんという流れるような会話だろうか。

 相手も優佳の冗談を、見事に受け流している。

 見事に息の合った掛け合いだった。


「まさか、いつもこんな会話をしてるのか?」

「こんな……の意味が分からないですけど、町の皆さんは、私たち三人の事を、静熊神社の仲良しさんって呼んでますよ。兄さま」

「それって、俺が神社の関係者だと思われてるってことか?」

「はい、もちろん。皆さん、知ってますよ」


 俺が雫奈や優佳と仲良くしているって思われるのは、全然構わないのだが、神社関係者だと思われるのは少し困る。外を歩いていても気が抜けなくなる。

 なんせ、俺の悪評は、即ち、静熊神社の悪評になってしまう。

 それを思えば、俺が二人と一緒にいる所を、あまり他人に見られないほうがいいんじゃないかって思うのだが……

 それなのに、いま向かっている先は、おそらく繁華街。人目に付きまくる場所だ。


「なあ、出来れば今日の目的を教えてくれないか?」

「最初に言った通り、今日はデートですよ。兄さま」

「デートにしても、いろいろあるだろ?」

「そうですね……、まずはショッピングですね。お店を見て回りましょう」


 本当に俺の杞憂だったのだろうか。

 優佳は本当に、俺と二人で出かけたかっただけなのだろうか。

 ……それにしても、ここでも優佳は、いろんな人に声を掛けられている。

 そして、俺にも……


「よう、あんちゃん。今日は優佳ちゃんとデートかい?」

「まあ、そんなところです」

「くぅ、羨ましいねぇ。優佳ちゃん、本当にいい子だよな。息子が居たら是非嫁に欲しいぐらいだ。しっかり守ってやんなよ」


 唐突に、見知らぬオジサンから、そんな事を言われてしまった。

 わざわざ「今日は」と断りを入れたのは、雫奈を含めた俺たち三人の関係を知っているからだろう。

 本当に、三人組として、かなり広く認知されているようだ。

 まあ別に構わんがと、内心で小さくため息を吐いていると、横を歩いていた優佳が、いきなり俺にピタリと身体を寄せてささやく。


「気を付けて下さい、兄さま。何かイヤな感じがします」


 その声や表情は真剣そのもの。

 俺も気持ちを切り替えて、周囲を観察する。

 その直後、前方で騒ぎが起きたようで、そちらからいかにも怪しげな男が、手に女性もののバックを持って走ってきた。

 今どき、この昼日中の路上で、ひったくりなんてするバカがいるのかと呆れる。


 こういう時のお約束で、俺は偶然を装って、男にぶつかりにいく。

 当然、まともにぶつかれば、軽量級の俺は簡単に吹っ飛ばされるだろう。だから、ぶつかる直前に慌てて避けて、上手く足を引っかける……つもりだった。


「……っくぅ」


 なんとか目論見通り男は転倒したが、目測を誤った俺も吹っ飛ばされ、路上に転がった。

 男は優佳が、そこへ周囲の人たちも加わって取り押さえている。


「兄さま」


 優佳がこちらを向いて、さりげなく男を指差す。

 つまり、視界を切り替えて男の魂を確認しろってことなのだろう。


 這うようにして歩道の隅に移動し、できるだけ邪魔にならないようにして、地面に座り込んだまま視界を切り替える。

 やはり、男の魂にケガレが発生していた。


 ……恐れ、焦り、苛立ち、怒り、なんで、許せない、俺が、金が欲しい!


 詳しく観察するまでもなかった。予想していた通りの愚痴だった。

 それに、今は雫奈がいないので、原因を突き止めたところで浄化ができない。


「少し潜ってもらってもいいですか? 兄さま」


 いつの間にか、視界の中にユカヤが現れていた。

 しかも、なぜか今日は、これ見よがしにプロポーションの良さを見せつける悪魔スタイルだった。


 現実世界では、取り押さえられた男が必死に逃れようともがいている。

 そのせいなのか、魂の数値も徐々に上がっている。

 これがケガレが広がる(成長する?)ってことなんだろう。


 精神世界に潜った俺の前で、ユカヤが緊張したような面持ちで立っている。

 何事かと思って見つめていると……


「兄さまは、私の事が知りたいのですよね。でしたら、これから私の視界へご案内しますね」


 この状況で、そんな脈絡のないことを言い始めた。

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