ep.06

36 お姉さん、泣いてるの?

 神軒町には、賑やかな場所が二カ所ある。

 国道沿いと繁華街だ。


 繁華街とは呼ばれているが、ただの駅前通りってだけで、ビルや商店などがそこそこ集まっているって感じの区画だった。

 ちなみに、駅自体は隣町にある。


 俺と雫奈は、その繁華街にあるオフィスビルの屋上に立っていた。

 四階建てなのだが、周囲も同じような高さなのもあり、取り立てて目立つような場所ではない。


 俺は、あれから修業を重ね、人と物の魂を見分けられるようになった。

 血のにじむような努力……と言いたいところだけど、コツを掴めば簡単で、逆に、なぜ今まで出来なかったのか不思議なぐらいだ。

 ……まあ、そんなことはどうでもいい。


 俺がこんな場所に立っているのは、もちろん雫奈に連れてこられたからだった。


「雫奈、あの人って、前に探し物をしていた、うっかりお姉さんだよな」

「そうよ。私とえにしがある人だからって、精霊が知らせてくれたんだけど……、かなりケガレを溜め込んじゃってるようね」


 その女性がフェンスの無い屋上を歩いている。

 手足が震えており、挙動もかなり怪しい。

 まさかだけど、飛び降りるつもりなのだろうか。


 俺はさっそく新しい力を使う。

 具体的には、視界を切り替えて、お姉さんの魂を観察する。


 たしかに中に何か陰のようなものが見えるが、ほんの少しに見える。

 この程度の陰で、精霊が注意を促すぐらい黒に傾いているのだとしたら、今の俺では良し悪しを判別することなど不可能だ。

 もしかしたら、魂の色を簡単に見極められるような、そんな別の視点があったりするのだろうか。

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 視界を戻して、雫奈を見つめる。


「どうする? 止めるか?」

「そうね。何かイヤな気配が近づいてるから、手早く片付けたいかな。栄太が注意を惹いている隙に、私が保護するね」


 役割が逆なようにも思えるが、雫奈が言うからには何か理由があるのだろう。

 それにしても、気を惹くにしてもどうしたもんか……


 上着を脱ぎ、できるだけ子供っぽく見えるよう服を着崩して、背後からそっと近付きながら、計画プランを練っていく。

 俺は、たまたま知っているお姉さんを見つけて、追いかけて来た少年だ。

 そう自分に言い聞かせて、演技を始める。


「お姉さん? あっ、やっぱりお姉さんだ」


 びっくりしたように振り向くお姉さん。

 身体を震わせ、思いっきり動揺している。

 視線や仕草が、なんで子供がこんなところにいるの? ……と、問いかけている。

 よく見ると、頬に涙の跡がある。


「やだ、なんで……。来ないでっ!」


 お姉さんの声に足を止め、少し大げさに驚いたふりをして様子を見る。


「えっ、なに? どうしたの? ……お姉さん、泣いてるの?」

 

 心配そうな様子を作って、恐る恐る一歩前に踏み出す。

 距離は、まだ五メートル以上はあるだろうか。でも、ダッシュすれば、飛び降りられるよりも早く、捕まえることができるだろう。

 そう思ったのだが、視界の端に映る雫奈が、ゆっくりと首を横に振った。

 どうやら、その方法はダメらしい。

 ならば……


 俺は、足をもつれさせながら、わざと派手に転倒する。

 もちろん演技……のはずだったのだが、剥き出しのコンクリートで転ぶのは思いのほか痛かった。今度からは気を付けよう……

 だがこれで、確実にお姉さんの気を惹くことが出来たはずだ。

 何を待っているのかは分からないけど、これで雫奈も動きやすくなったはず。


「ぃててっ……」


 ヒザとヒジをさすって、目に涙を浮かべてみる。

 いやホント、マジで痛い。


 ……って、あれ? 逆効果だったか?

 お姉さんは、こっちを見たまま、後ずさりしている。

 いや、俺の後ろを見て、怯えている?


「栄太、そいつらをやっつけて!」


 こいつらが、雫奈が感じ取っていたイヤな気配の正体なのだろう。

 相手は三人で、スーツ姿の男と、チンピラっぽいのが二人。

 いきなりの無茶振りだが、見たところ、相手はあまり荒事には慣れていないようだ。とはいえ、油断は禁物だが……


 ゆっくり立ち上がる俺の横を、二人のチンピラが「邪魔だガキ」なんてことを言って、通り過ぎようとする。

 なので、俺は右足を軸にして身体をスピンさせ、左脚で一人目の足を払い、二人目の腕を握って捻り上げると、そのままコンクリートに引きずり倒す。

 後頭部を殴って気絶させ……って、あれ?

 気絶しなかったので、もう一発、今度は思いっきり殴る。

 まあこれで、たとえ気絶してなくても、すぐには動けないはず。


 ……なんてことをしていると、一人目のチンピラが立ち上がり、鬼の形相で俺に殴りかかってきた。

 マズイと思い、とっさに頭を庇う。


 たしかに鈍い音がしたが、俺の身体に痛みはない。

 恐る恐る目を開けてみると……


「兄さま、何をしてるのですか?」


 なぜか目の前には、健康的なふとももが……じゃなくて、体操着姿の優佳が立っていた。

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