20 臆病な俺を許して欲しい

 今まで通り、ゆるゆるとした関係を続けるか、ガッツリ関係者になって協力するか、もしくは、雫奈と出会ったことすら忘れて元の生活に戻るか……

 そんな選択を迫られて、俺は答えを出せずにいた。


 雫奈と向き合うつもりだったし、その覚悟は決めたつもりだった。

 だが、その覚悟は、自分が巻き込まれている状況や、平和に見える日常の裏側とか、そういうものを知る覚悟だった。

 なのに、雫奈との関係をどうするのかってことを問われてしまった。


「さすがに即決は無理だな……。たとえば、これって期限があったりするのか? いつまでに決めないと、この関係が終わっちまう……とか」

「ん~、どうだろ。いつかは終わりは来ると思うけど、はっきりとした時期は分からないかな」

「つまり、いきなり明日に終わっても不思議はないってことか……」

「そうね。なくはないかな」

「いつ終わるとも知れない、この関係を続けるか、事情を知って協力者になるか……だよな。ちなみに、終わりがきた時も、やっぱり記憶は……?」

「消えると思う」

「……だよな。ちなみに、協力したからって、俺、人間をヤメたりしないよな?」


 雫奈が黙り込む。

 いやいや、ちょっとした冗談のつもりだったんだが……

 まさか、ホントに人外のモノになったりするのか?

 どういうわけか、何だかすごく考え込んでいる。


 それにしても……

 関係者になってガッツリ協力しない限りは、いつかは記憶を消されてしまう。

 雫奈の姿が二度と見られないってだけじゃなく、雫奈の存在そのものを忘れてしまう。それは、すごく耐えがたい話だ。

 忘れてしまえば、こんな葛藤すら必要なくなるってのは分かってるけど……

 そんな未来は想像すらしたくない。


 どうやら考えがまとまったのか、雫奈が口を開く。


「栄太は、なんていうか……今は、私のお世話係って感じだよね」

「マネージャーだっけ?」

「うん。でも協力者になっちゃうと、私の活動方針とか、いろいろと決めてもらったり、時には一緒に戦って、盾や鉾になってもらう必要がある……かな。う~ん、プロデューサー?……みたいなもの?」

「一緒に戦うプロデューサーって、あんまり聞かないけどな。あー、プロジェクトを成功させるって意味では、一緒に戦ってるのか。……でもまあ、なんだ。危険は多いけど、人間のままでいいんだろ?」

「問題は、そこなのよね」


 そこが、問題なのか?

 いやいや、ちょっと待て!

 それって、人間をヤメる可能性が高いって言われてるようなものなんだが。


「ん~、協力者プロデューサーになったからって、人間じゃなくなるってことは無い……と思うんだけど、場合によっては人間をヤメちゃう可能性もある……って感じかな」

「なんだかハッキリしないな。いきなり人間じゃなくなることは無いが、協力を続けると別のモノになる可能性がある……ってことか?」

「だと思う。私だって、こんなこと初めてだし、これも全部、聞いた話だから、どれが正しいか分からないし。でも、人間の協力者プロデューサーは普通に存在するし、人間じゃない協力者プロデューサーもいるから、たぶん、そうなのかなって」


 どうなのかわからないけど……

 さっきまでは、ちょっとやってみてもいいかなー、なんて思ってたが、これはガチでヤバそうだ。

 雫奈の周りで何が起こっているのか、俺は何に巻き込まれているのか、それをちょっと知りたかっただけなのに、まさかこんなにヘビーな人生の選択を迫られるとは思わなかった。

 さすがに、今この場で決めるのは無理だ。


「スマンが一週間、考える時間をくれ。それまでに決心がつかなかったら、……まあ、今まで通りマネージャーを続けるってことで」

「うん、それでいいよ。さすがに私も、栄太に忘れられたら悲しいし」


 だから、俺の理想の女性の姿で、そんな表情で、そんな事を言うのはズル過ぎる。

 ……そういえば、肝心な事を聞くのを忘れていた。

 

「ちなみに雫奈は、俺が協力者になったら、助かったり、喜んだり、してくれるのか?」

「もちろん! 嬉しいし、とっても助かる!」


 そっか……

 そんなに目を輝かせて、即答するほど喜んでくれるのか……

 そんな姿を見せられた心が揺れるが、やっぱり勢いで決めるもんでもない。


 俺は、今まで安全な方へ、面倒事を避けるように人生を歩んできた。

 なのに、いきなり未知の領域へと飛び込むのは、ハードルが高過ぎる。


 結局、答えは保留にしてもらった。

 こんな臆病な俺を、今は許して欲しい……




 ちなみに雫奈は、約束通り昼食も作ってくれた。

 そのカツ丼は、とても心に染み入る美味しさだった。

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