58 ユカリの呪い?

 いつの間に廊下へ出てきていたのだろうか。

 さっきまで部屋にいたはずの優佳が先に廊下で待っていた。たぶん気配を消して、こっそりと隣の部屋から回ってきたのだろう。


 そのまま外に出てもいいが、周りから丸見えになる上に、三藤さんや時末さんには聞かせられない話になるはずだ。

 だから、地下の貯蔵庫へと向かう優佳に、黙ってついてきた。ここなら防音性能が高いし、誰かが近付けばすぐに分かる。

 そこで優佳に、ミヤチとユカリのことを説明した。


「……そういうことだ。だからまあ、呪いの元はユカリだろうな」

「ブレスレットの送り主ですね。聞いただけでは何とも言えませんけど、情が深い方のようですし、たぶんそうだと思います。兄さま」


 俺の話を聞いた優佳は、少し考え込んでから仮説を披露する。


「恋愛の情というものは厄介ですからね。ユカリがミヤチに贈った手作りのブレスレットには、たぶん強い想いが込められていたのでしょう。何かの理由で……例えば、何かミヤチの行動に不信感を抱いたユカリが感情を爆発させて、それに反応したブレスレットが呪いを発生させた……ってところでしょうか」


 俺は気付かなかったが、優佳は間違いなく手作りだと断言する。どうやら、そういう玩具があるらしい。

 それに、呪いを発生させるには強い想いが必要で、特別な呪法を使わなくても、何十年にも亘ってコツコツと積み重ねられたモノや、日頃溜め込んでいた感情を一気に爆発させるほどのモノがあれば、発生することがあるらしい。

 ユカリはどこか捉えどころのない子供だから、俺も理解しているとは言い難いけど、それでも優佳の仮説を聞いて、あの子なら十分にあり得そうだと納得してしまった。


「なら、あのブレスレットを祓えば、呪いが解けるってことか?」

「恐らくは。ですけど、やめたほうがいいと思います。兄さま」


 いつになく真剣な表情で、優佳が否定する。


「本人の意図はともかく、これは、あのブレスレットを呪具にしてかけられた呪いです。なので、解呪する方法は簡単。呪具を破壊するか、宿る想いを祓えばいいだけです。ですが……」


 優佳が俺の目を真っ直ぐ見つめる。


「兄さまも見たと思いますが、呪いとは悪意の塊です。祓われると元の持ち主に戻っていきます。いわゆる、呪詛返しですね」

「それって、この前、時末さんの呪いを祓った時、黒い霧になって飛んでったアレのことだよな」

「はい、そうです。その悪意が戻るのですから、持ち主の魂は深くケガレます」

「……つまり、呪いを祓えばユカリの身が危ないってことか」

「そういうことです。兄さま」


 たぶん、豊矛様じいさんだったら、容赦なく両方とも始末するとか言うんだろうな……と思いつつ、二柱の守り神を思い浮かべる。

 たぶん今も、俺たちがどうするかを見守っているのだろう。

 

「呪詛返しを起こさないで祓うほ方法とか、何かないのか?」

「呪詛を完全に浄化してしまえばいいのですけど、姉さまでも無理だと思います。試してみるのは、最後の手段ですね。兄さま」

「そんな博打のような方法は試すなよ。出来たら他の方法を考えてくれ。……そのためにも、一度ユカリに会って原因を探る必要があるな……」


 外を見てくると言ってきただけに、ここで長々と話していると不審がられる。なので、とりあえず家から出ることにする。




 まさかと思ったが、石灯籠が元通りになっていた。

 最初は恐る恐る、徐々に力を込め、最後は寄りかかったり登ったりして耐久力を試すが、全く揺るがない。

 こんな言い方をすると失礼だが、時末さんのことを見直した。


 なぜか優佳が俺のカバンを持ってきた。

 その意味を計りかねていると……


「なんだか、水が漏れてますよ。兄さま」


 優佳の言う通り、確かにカバンの底が濡れている。


「……あっ」


 完全に忘れていた。冷凍食品が大ピンチだ。


「スマン優佳、一度アパートに戻る。ユカリの居場所は分かるか?」

「まだお会いしたことのない人なので、厳しいですね。なので、私も部屋までご一緒しますね」


 何が「なので」なのか分からんが、別に拒否する理由もない。なので、とにかく俺は急いでアパートへ戻った。

 直線距離なら静熊神社とアパートは近い。だけど道はぐるっと遠回りになる。

 俺は鍵を開けて中に入ると、優佳も隣の部屋の鍵を開けて中に入った。雫奈もだが、そういうところは律儀に守っている。

 冷凍食品を冷凍庫へと放り込む。まだ冷たかったから、たぶん無事だろうとは思うが、早めに食べたほうがいいだろう。


 タオルを広げ、カバンの中身を全部出す。もう一本のタオルで水分を拭き取って、カバンとトートバッグを、部屋の中で逆さまに干しておく。たぶん、こうしておけば今日中には乾くだろう。


 そこへ、例の通路を通って優佳が入ってきた。


「不思議な感じがすると思ったら、これだったのですね」


 何の事かと思ったら、優佳の視線がご神木の小枝に注がれていた。

 もちろん、別に悪いことをしたわけじゃないのだが、何となく説明に困ってしまった。


「兄さま、これ、どうしたのですか?」


 別に隠すことでもないし、誤解されないようにと祈りながら、起ったことをありのまま優佳に伝える。

 すると優佳は、「ご神木の……」と呟いて考えると、俺に向かってにっこり微笑んだ。

 ……なんだか、嫌な予感がする。


「丁度良かったです。少し実験をしてみましょう」


 なにが丁度良かったのか、何の実験をするのか分からないが、こうなると俺に拒否権はなくなる。

 仕方なく腹をくくって、優佳の実験に付き合うことにした。

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