104 満ちた悪意
その頃、ユカヤは自分の視界で、郡上家に対して無法を働いたケバケバしいオバさんを折檻していた。
苦痛と快楽を与えて、負の感情を絞り出す……という、アレだ。
それと同時に、悪霊の動きをけん制していた。
さすがにこれほどの大きさと力を秘めた悪霊となると、鎖で封じ込めるのは困難だった。なので、地道に少しずつ悪意を削り取って霧散させていた。
ユカヤには、この状況を一気に好転させる秘策があるが、それはできれば使いたくないと思っていた。なにせ、それをすれば栄太の思いを踏みにじることになる。
だから、ユカヤは……
現実世界で郡上家の人たちが退避するのを待ちながら、二度と他人に迷惑をかけないようにと、この不届きものの魂に罪の印を深く刻み込んだ。
静熊神社の客足が落ち着きを取り戻し、記帳待ちの列も解消した。
新しいお守り目当ての人が多かったものの、豊矛神社の遺産ともいうべきお渡し品も数多く出た。
「姉さま、お先に休憩をどうぞ。食事の用意もできてますよ」
「優佳もまだ食べてないわよね?」
「そうですけど、私はもう少し様子を見てから行きますので、お先にどうぞ」
この会話の裏で優佳は、先に郡上家へ向かうよう雫奈に提案し、こちらには自分が残ってしばらく様子を見ている……という意味を込めていた。
もちろん、そんなこと三藤には分からない。
「あっ、あとは一人でも大丈夫ですよ。優佳ちゃんも休んでくださいね」
「でしたら、品物の補充が終わったら中に入らせてもらいますね」
二人は一刻も早く郡上家に駆け付けたかったのだが、一度に二人も抜けてしまったら、何かが起きた時に対処できなくなってしまう。
だから、ギリギリまで優佳が残ることにした。
その意を汲み取り、雫奈はコクリとうなずいた。
「ちょっと外を回って来るから、あとはお願いね」
「分っかりましたっ。ここは私にお任せください」
雫奈にお願いされ、三藤は元気に授与所の奉仕を請け負う。
社務所に入った雫奈は、すぐさま仄かな光を放つ粒子となって姿を消した。
そして、シズナのいる郡上家に現れたが、そこは悪霊に中だった。とはいえ、現実世界だと悪霊の姿は見えない。それに、精神世界で受ける影響と比べたら格段にマシなのだが、それでも気分が悪くなったり、目眩を起こしたりと体調不良を感じさせるほどだった。
そんな中でシズナは、階段の下で気絶している栄太の叔父を、結界を張って護っていた。こんな場所でじっと耐えていたのは、悪霊のせいで精霊たちが力を失い、男の身体を運び出せなかったからだ。
「あまり長居はしたくないわね……」
そう呟いた雫奈は、急いで男を抱え上げると、家の外へと運び出した。
栄太の視界のおかげで、魂の状態が分かりやすくなっている。なので、その処置をシズナに任せ、雫奈は再び家の中……つまり、悪霊の中へと跳んだ。
途方に暮れていた鈴音の前に、雫奈が現れた。
精神世界ではアキツコマネヒメが、美晴とその母親の精神を守っている。
二人の魂の状態も、かなり悪くなっている。一刻も早く、ここから助け出したいところだが、鈴音一人では、二人を抱えて運び出すことができない。だからといって、どちらか片方だけを動かせば、残る一人に悪霊の影響が出てしまう。
そこへ現れた雫奈は、素早く状況を把握し、美晴の父親の応急処置を終えたシズナと合流して母親の守りを引き継ぐ。
「鈴音。美晴ちゃんを外へ」
「うん、分かった」
鈴音は意識を失った美晴を背負うと、窓から外へと飛び出した。
雫奈もそれに続き、母親を抱えて外へ出ようとするが、それに悪霊が抵抗し、シズナに攻撃を仕掛けてきた。
具体的には、シズナの周りで悪意が濃度を増し、母親を覆う結界が弱まった。
結果、悪意を感じ取った母親が暴れ出し、雫奈から逃れようとする。
「……離せ、私は悪くない! 何でこんな目に。絶対に許さない!」
聞き取れた言葉はこれだけだ。あとは言葉にならない声で何かを喚き続けている。
それにしても、やせ細った女性の目は落ちくぼみ、肌も病的な白さで髪もボサボサ。まるで幽鬼のような姿だった。
そこへ、優佳が姿を現した。
「お待たせしました。姉さま」
「優佳、この人をお願い」
暴れる母親を、優佳は優しく手加減をしながら動きを封じる。
悪霊の攻撃を受けていたシズナも、
「姉さま、どうしましょう。悪霊はこの人に取り憑いてますから、絶対に逃がしてはくれませんよね……」
母親を救うには悪霊を祓えばいいのだが、おそらく悪霊は、攻撃されると母親の精神を一気に蝕もうとするだろう。そうなれば、母親の魂はアラミタマとなり、地獄に送るしかなくなってしまう。それだけは絶対に避けたい。
そのことを悪霊も理解しているのだろう。未だに母親が無事なのは、少しでも多くの悪意を集めるためなのはもちろん、人質として利用するためだと思われる。
幸い……と言っていいのか分からないが、建物から出そうとしなければ攻撃してくることもない。
「う~ん、そうね。いつでも救い出せるように玄関へ運びましょ」
「はい、姉さま」
シズナがしっかりと結界を張って魂を護り、雫奈は優佳と協力して、母親を抱えて階段を降りて行った。
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