ep.08
54 秋月神社の守り神たち
ナゼ、コウナッタ……
昨日は解呪した後、あのまま畳で泥のように眠り、アパートにある俺のベッドで目が覚めた。
雫奈か優佳かは分からないけど、わざわざ運んでくれたのだろう。
その事に関しては、とてもありがたいし感謝もしている。
目覚めたのは夜の九時。
怠い身体とボーとした意識を引きずりながら、冷凍チャーハンをチンして腹を満たし、早めに仕事を終わらせるべく作業に取り掛かったのに、日が変わって夜中の二時、最後のチェックをしている時に悲劇が起こった。
俺は、何の変哲もない風景写真の壁紙が映し出された画面を見つめ、呆然としていた。
そう、無情にもアプリが
全く何の予兆もなく、突然にだ。
いつもならこまめにセーブをするよう心掛けているのだが、気分が乗って来るとどうしても忘れがちになり、特に今日は心身ともに不調だったのが逆に功を奏したのか、筆の進みが良かったせいで完全にセーブという行為を忘れていた。
しかも落ちたのは、最後の仕上げが終わってチェックをしている途中、あとほんの少しで完成だというタイミングだった。
ほぼ最初からやり直すことになり、テンションはガタ落ちで、なかなか手が進まない状況に陥った。
一度やったことなら、もう一度やるのなんて簡単だろ? ……なんてことを言われそうだけど……
そうじゃない! 違うんだ!
いくら頑張っても、あの失われたモノのクオリティーに届いていない気がして、どうしても納得できない。何度やり直しても、何だか違う気がして仕方がない。
……結局、締め切りギリギリになってなんとか形に仕上げ、俺自身が納得できないままデータを送信した。
そんなわけで、せっかくのギリギリ偽装システムも、今回は出番がなかった。
もちろん提出したのだから、一定以上のクオリティーに仕上がっていると思っている。だけど、自信を持って送り出したわけじゃないだけに、会社のチェックが通るのかは微妙だろう。そんな不安を紛らわせるためにも、散歩に出ることにした。
こういう時は、爽やかな朝の光や、ひんやりとした空気までもが鬱陶しく感じてしまう。
もちろん完全な八つ当たりだ。一番腹立たしいのは俺自身に対してだ。どうして最終チェック前にでもセーブをしなかったのだろう。そんな悔恨が俺を苛む。
いつものコンビニで、冷凍食品を多めに買い込む。
途中まではそんな気分じゃなかったに、買い物を終えて少しは冷静になれたのか、いつものように秋月神社へと向かうことにした。
やはりここから見る景色は、心を落ち着かせてくれる。
今日は珍しく先客がいた。
祖父と孫だろうが。
まあ孫と言っても大学生ぐらいだろう。ふんわりとした雰囲気の女性で、たぶん二十歳の手前ぐらいだと思う。
祖父のほうは小柄で、とても穏やかそうな雰囲気だった。
でも、気になったのはそういうことじゃない。いつも雫奈たちを見ているからか、俺には何となく分かる。二人とも普通の人ではなさそうだ。
……いや、人ですらないだろう。
視界を切り替えて魂を見ればハッキリ分かると思うのだが、それは何だが失礼な気がするのでやめておく。
まあ、気にせず、やり過ごそう……
そう思ったのに、何の悪戯か、突風が女性の帽子を宙に舞い上げた。
クリーム色の本体に空色のリボンがついた、女性らしいつばの広い
「ごめんなさーい、その帽子、私のです」
愛らしさと美しさが見事に融合した女性が駆け寄ってきた。
その後ろから、爺さんもゆっくりと歩いてくる。
「はいどうぞ」
帽子に変なシワや汚れがないかを確認してから、女性に渡す。
にっこり微笑んだ彼女は、見ているだけで癒される、春のおひさまのようだった。
心が奪われないように耐えながら、軽く会釈をして視線を風景へと戻す。
「ここは、いい所ですね。この景色を見ていると、とても落ち着きます」
そんなつもりはなかったのだが、なぜか自然と言葉が出てしまった。敬語になってしまったのも、そうするのが自然だと感じたからだ。
「それはとても素敵です。ここは私もお気に入りなのですよ」
爺さんもその隣に立ち、川の中州に立つご神木のほうを眺めている。
こうして近付くと、温厚な中に鋭さのようなものが秘められているように感じられる。例えるなら、仕込み刀といったところだろうか……
「そうですな。ワシにとっては懐かしき風景じゃ」
「懐かしい……ですか」
変わりゆく風景の中に昔と変わらないモノを見つけ、そこに懐かしさを感じたりしているのだろうか。と、そんな風に思ったのだが……
「変わっていないと思われる景色じゃが、探せば違いは山ほどあるものじゃ。それに気付けば、当時の思い出が蘇ってくるのじゃよ」
なんだか難しい話だ。
何気ない変化に気付くと、そこに思い出が宿っているという。
いや、たぶん、そういう話じゃないのだろう。なんせこの二人は……
少し言葉を交わしただけだが、こうして近くにいるだけで相手が何モノなのか、だいたいの見当がついた。
女性はこの雰囲気に溶け込んでいるし、この気配は間違いない……と思う。でも、女性は案内役で、俺に話があるのは爺さんのほうだと思う。
「失礼ですが、あなた方は、この地の守り神さまでしょうか?」
二人が笑顔を浮かべ、小さくうなずいた。
どうやら正解だったようだ。
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