55 俺たちを試したってわけか
秋月神社に現れた女子大生と小柄なお爺さんに、俺は問いかける。
「失礼ですが、あなた方は、この地の守り神さまでしょうか?」
それに対して二人は、笑顔でうなずいた。
まさか神様がこんな形で話しかけてくるだなんて思わないだろうし、雫奈に出会う前の俺なら「素敵な人だな……」って思うぐらいで、神様だとは絶対に気付かなかっただろう。
「若いもんが、何を畏まっておる。話し方も普段通りで構わんぞ」
爺さんがニコニコしながら、そんな事を言ってくる。
どうやら俺の事を、前々から見ていたようだ。
二人の目には、俺はどう映っているのだろうか。
勝手に新たな土地神を生み出しただけでなく、片方は悪魔を名乗るモノだ。さぞかしこの地域の秩序を乱しまくってしまったに違いない。古参の神にすれば、大迷惑もいい所だろう。天罰が下っても文句は言えない。
でもまあ雫奈なら、ちゃんと挨拶をして話を通している気もするし、そこまで心配する必要もないのかもしれない。
それに、別の怒っているようには感じない。
「ご厚情に感謝する」
一応は礼儀だ。二人に向かって深々とお辞儀をする。
だが、ここからは無礼講だ。
「あなたはここに祀られている、秋月様……で間違いないかな?」
「はい、その通りですよ。気付かれたのは本当に久しぶりなのです。とても嬉しく思います」
「ってことは、その姿でちょくちょく現れてるって事か?」
「ええ、それはもう。普段から街を歩いたり、こっそりお祭りに参加したり。なので、姿を見かけた時は
「ああ、分かった。俺は……まあ、今さら名乗るのも変だけど
「栄太さんですね。では、私はどうしましょう。秋月だと、混乱しますよね。やはりここは霧香と呼んで頂きましょうか」
人に紛れて過ごすことに慣れているのだろう。
少し上品すぎる気もするが、この程度の人間ならば普通に存在する。
まあそれは置いといて、ひとつ謝らなければならいことを思い出した。
「霧香さんには申し訳ないことした。知っていると思うが、雫奈や優佳に秋月の姓を与えたのは俺だ。それに二人の神の名を、
「それは構わないのですよ。まるで姉妹ができたようで嬉しいのですから」
「そう思ってもらえるのなら助かる。何かと騒々しい二人ですが、どうか見守ってやって欲しい」
丸く収まりそうなところで、爺さんが横やりを入れる。
「いきなり姉妹が増えたら、学者どもが気の毒じゃわい。そうじゃの、適当に新しい文献を見つけてもらって、縁戚あたりにするのが良かろうて」
だが、否定的な意味じゃなかった。
新しい文献とか、どこまで本気なのか分からないが、とにかく揉め事にならなくてよかった。
とはいえ、ここまでは挨拶のようなもので、本題はここからだった。
「爺さん、待たせたな。俺に会いたかったのは爺さんのほうだろ?」
「たしかにそうじゃが、秋月様も、栄太殿に会うのを随分と心待ちにしておったのじゃぞ」
「それは失礼した。俺も会えてよかったと思っている。正直、怖い神様だったらどうしようかと思ってたからな。……って、爺さん、呼び捨てでもいいから栄太殿はやめてくれ」
爺さんが、楽しそうに笑う。
「ワシは
神軒ときて豊矛とくれば……
「なるほどな。豊矛神社の祭神さまってわけか。雫奈が失礼をした。なんなら神社を元に戻すように俺から伝えようか?」
「いやいや、大作が居らんようになってから、こちらで厄介になっておるからの。遊ばせておくより、使ってもらったほうが社も喜ぶじゃろ」
大作って名前には覚えはないが、居なくなって離れたってことは、豊矛神社の最後の宮司って事だろう。
「時末とかいう宮司の孫って人が、昨日やってきたんだが」
「おお、知っておるよ。わざわざ挨拶に来おった」
「会ったのか?」
「いやいや、ワシの神体……ほれそこに見えるじゃろ? あの神木として祀られておるアレじゃ。その男、わざわざ手を合わせに来おった。大作の遺志を継いで社を再興するとか言っておったな」
あの大男、本気だったんだな。
いや、ちょっと待て?
「って事は何か? 爺さんはあの男が呪われてるって知ってたのか?」
「まあ、そうなるのぅ」
なんで、そんな笑顔なんだよ。
いろいろと綱渡りだったが、無事に解呪はできた。
だが絶対に、他にもっと楽で安全な方法があったと思う。
仮にも長年、神軒の町を守ってきた神様なら、何とかできたんじゃないのか?
「……つまり、俺たちを試したってわけか」
「そりゃまあ、土地神たるもの、あの程度のこと対処できなくては話にならんからの。なかなかに風変わりな手法じゃったが、結果だけ見れば合格じゃ」
「いやまあ、俺もアレが最良だったとは思っていない。できれば雫奈や優佳に、いろいろと伝授してやって欲しいんだが。ちなみに爺さん……あっ申し訳ない。神軒さんなら、簡単に解決できたのか?」
「別に爺さんで構わんよ。そうじゃな……ワシなら、容赦なくあの者ごと処分していたじゃろうな」
「えっ? 処分って、大作さんの孫を犠牲にするってことか?」
「そうじゃよ。その後、呪いを仕掛けた相手も葬る。それが世界の為じゃよ」
この爺さん、想像以上にヤバイかも知れない。
いやまあ、この地に住む人たちの事を考えたら、それが一番手っ取り早い。だが、容赦がなさすぎる。
ついでに、その話を笑顔で聞いている霧香さんも、少し怖く感じてしまう。
「そんなわけでじゃ、今日会いに来たのは、無事に合格できた証としてこれを託そうと思ってな」
そう言って渡されたのは、高さが一メートルにも満たない、樹木の苗だった。
こんなものを担いで歩いていたら、目立って仕方がない。それに……
「こんなものを貰っても、植える場所がないんだが? 俺、アパート暮らしだし」
「土地神としてこの地を任せる証じゃから、神社で育てるがいい。場所は
「預かるのは構わんし、育てる場所があるなら植えるぐらいはする。だが、これは何の苗なんだ? 育てるにしても知識は必要だからな」
爺さんの視線が、川へと向けられる。
「ああ、それは、あの神木の苗じゃ。さすがにもう老木で、命が尽きかけておるからのう。アレはアレでこの地の象徴じゃったが、もうあまり長くは持つまい。じゃから、残った生命力を込めた苗を、新たな土地神に託そうと思っての」
なんだか切ない話だ。
いやでも、それって……
「アレ、爺さんのご神体なんだろ? 無くなって、爺さんは平気なのか?」
「さあどうじゃろ。こちらで祀ってもらっておるから、意外と平気やも知れぬが、何らかの制約はあるじゃろうな」
「まあ、話は分かった。この苗は神社に植えておくよ」
俺の言葉を聞いて、用事は終わったとばかりに二人は笑顔で去って行った。
まるで景色に溶け込むように……
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