ep.07

44 豊矛神社の後継者

 電車は三両編成で、降りてきたのは三十人ほどだろうか。

 その中に紛れて……とは言えないほどの存在感を放つ男が、山門やまのと駅に降り立った。


 服装だけならオシャレと言っていい普通の格好だが、とにかくデカイ。

 昔話風に言えば、六尺を超える筋骨隆々の大男と表現されるだろうか。

 彫が深く精悍な顔つきで、どこか近寄りがたい雰囲気を漂わせつつも、目は優しく、どこか人の良さも感じさせる。

 俳優やモデルと言われても通用する容姿だ。


「ワシゃ、帰ってきたよ。爺様」


 改札を出た大男は天を仰ぎながら呟くと、目元の涙を拳で拭い、神軒町に向かって歩き出す。


 男がこの町へ来たのは、子供の時以来だった。

 何度か神社に遊びに行った記憶があるものの、通り道もろくに覚えていなかったので、この国道のことも地図で調べただけだ。

 なので、店の並びを見ても、特に何も感じない。


 黙々と国道を進み、少し駅から離れれば、田畑が見えてくる。

 田には水が張ってあり、何カ所か苗が植えられているところもある。

 これから本格的に、田植えが始まるのだろう。


 橋を渡って、川沿いに伸びる堤防の道を歩く。

 木が植えられているが、何の種類か分からない。

 ありがちなのは桜だが、花の姿が見当たらない。


 川幅が広くなってきた。

 たしかこの先には中州があり、ご神木があったはずだ。

 堤防を下り、橋の下をくぐって、再び堤防に上がる。

 まだ少し遠いが、ご神木が少し見えてきた。


 堤防を進み、中州がよく見えるようになってきた。

 畳二枚ほどの島にご神木だけが立っている。

 男は感慨深げにその光景を見つめる。

 祖父に連れられてこの場に立ち、この光景に感動したことを思い出す。

 堤防は昔と違って整備され、ベンチの場所や形も変わっているが、ここから見えるご神木と、対岸の神社は記憶のままだった。


「爺様……。約束通り、神社はワシが継ぎますので、安らかに眠ってくだされ」


 男の祖父は小さな神社の宮司をしていた。

 豊矛神社という古い……由緒正しき神社だ。

 祖父は家族と離れ、町のためにとたった一人でこの地に残っていた。

 祀られている豊矛様は、この地の災厄を鎮める土地神様で、この辺り一帯の守り神である秋月様の信任も厚い、猛き神だ。


 男は、その神社を継ぐと祖父に誓ったのに……

 何を間違ったか仏門に入り、力に目覚めて修験者になったが、結局は何事も成すことなく時を過ごす。

 いま一度、初心に立ち返り、神社を継ぐ資格を得てこの地へと戻ってきたが、すでに豊矛神社は他人の手に渡ったという。

 しかも、その相手は、魔性のモノだと噂されていた。


「このワシ、時末忠次郎ときすえちゅうじろうが、この地を久しく安からしめんことを誓いまする」


 ご神木に向かって手を合わせ、深々と頭を下げる。

 その時、チラッと、ご神木の近く……少し向こう側だろうか。何かが宙に浮かんでいるのを発見する。


「なんだ、アレは?」


 人が空を飛んでいる? ……いや、宙を漂っているように見える。

 幽霊なんぞ珍しくもないが、奇妙な気配を纏っているように感じる。

 それが、動きを止めたと思ったら……


「……!? 落ちよった。何だったんだ?」


 たしかに落ちたように見えた。だが、再び浮上して対岸……大男がいる側の堤防へと降り立った。

 ならばと、確認しようと近付いていくが、その姿が不意に消えた。


「やはり幽霊か。なにやら妖魔にでも魅入られておったようだが……」


 まだ距離があったが、それでもハッキリと、あの幽霊から魔の気配が感じられた。

 できればこの場で滅しておきたかったが、消えてしまったものは仕方がない。

 あのようなモノが現れるのも、豊矛様の加護が薄れているからに違いない。であれば、すぐにでも神社へと乗り込んで、新たな宮司とやらと見極める必要がある。そして場合によっては……


 辺りに獣の咆哮のような音が鳴り響く。

 男は胃の腑辺りを手でさすると、戦いになる可能性があるのなら、心身ともに万全な状態にすべきだと思い直す。


「秋月様、豊矛様、愚かなワシにどうか力を貸してくだされ」


 もう一度、ご神木に向かって手を合わせると、時末忠次郎は食事ができる店を求めてこの場を離れた。

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