45 大男がやってきた

 雫奈は拝殿の掃除をしている。相変わらずの巫女姿で。

 掃除なら作務衣ですれば? ……って、言ったことはあるけど、巫女この服のほうが栄太の思いが詰まっているから……なんて言い返されたら、もう何も言えなくなった。

 まあ、すごく似合っているし、本人がいいなら好きすればいい。


 あー、いかん、いかん。集中せねば……


 俺は神社の家の中、裏庭に面した部屋で、精神の鍛錬に励んでいた。

 具体的に言うと、精神世界でのイメージトレーニングだ。


 なんとか自分の意志で視点移動ができるようになった。

 地面を這うようにノロノロとした感じだけど、大きな進歩だ。

 そちらは一旦休憩をして、今度は精霊や妖精が見えるようにならないかと悪戦苦闘している。

 もちろん、人魂の形ではなく、ちゃんとした妖精の姿に見えるように、だ。

 だけど、現実に近い風景の状態でイメージが固まってしまったせいか、なかなか上手くいかない。


 ふぅ~、ダメだ。気分転換でもするか……


 だったらと、今度は雫奈の気配を探ることにする。

 どうやら、俺が気配を探るとそれを感じ取れるらしく、前にふと思いついて無断で挑戦した時、あっさりとバレ……


「無意識の状態でも、私がどこに居るか、常に分かるようになってね」


 怒られることはなかったが、そんな課題を出されてしまった。

 なので、修業の合間の気分転換に、雫奈がどこに居るのかを探ることが日課になりつつある。

 とはいえ、成功率はまだまだ低い。見つけられないってだけじゃなく、違う気配と間違えることも多い。


 雫奈なら、まだ拝殿で掃除をしているはずだ。

 そう思いながら、方向や距離を絞り込んでいく。だが、全く気配を感じない。

 もしかして移動したのかと周辺を探ってみるが、何の気配も感じない。

 神社の外へ巡回に出かけたか、俺を試すために気配を消しているのか……


 もう一度気合を入れ直し、意識を敷地全体に広げて反応を探りつつ、徐々に範囲を絞っていくことにする。

 そこまでして、ようやく気配を感じ取った。

 だけどそれは、雫奈ではないと、すぐに分かった。

 優佳たちでもないだろうし、動物か何かだろうか。

 参拝者なら家のほうへは来ないだろうし、お客なら雫奈が応対するだろう。そう思ったのだが、雫奈の気配は現れない。本当に留守なのだろうか。


 居留守を決め込んでもよかったが、大事な用件だと困るだろう。

 そう思ったのだが、なぜか相手は、家の前まできたものの、動きを止めて沈黙している。

 まあ、前にも、お客さんかと思ったら猫が迷い込んだだけだった、なんて事もあったので、少し様子を見に行くことにする。

 玄関から出たら誤解を招きそうだなので、置き靴を履いて裏庭から出て、散歩を装ってみる。


 第一印象は「なんだアレは……」だった。

 玄関脇で、めちゃめちゃデカイ男が涙を流しながら立っていた。

 何か悲しい出来事があって、神様に聞いてもらいに来た……って雰囲気でもなさそうだ。まあ、それなら拝殿に行くだろう。


 ただの手伝いに過ぎない俺が、首を突っ込んでいいのか分からないが、このまま放っておくわけにもいかない気がする。

 話だけでも聞こうかと思い、偶然を装って近付き、声をかけてみる。


「あのー、失礼ですけど、こちらに何か御用でしょうか?」


 先に言っておくが、俺に落ち度はなかったはずだ。

 格好こそカジュアルだが、怒りを買うような姿ではないはずだし、言葉や態度も、高圧的でもなければ鼻ホジしながら登場なんてこともしていない。

 なのに大男は、こちらを見るなり鬼の形相で襲い掛かってきた。


 靴を履いて来てよかった。もし、つっかけだったら、足を取られて満足に動けなかっただろう。

 優佳との格闘訓練の成果なのか、相手の動きは遅くて大振りなので、まるで当たる気がしない。

 俺は、相手の突進をひらりと避けて距離を取ると、一瞬だけ視界を切り替えて相手の魂を確認する。


「えっ……!?」

 

 思わず二度見をする。

 大男の魂に、なにか気色の悪い……黒い蛇のようなものが絡みつき、蠢いている。

 もしかして、コレもアラミタマだったりするのだろうか。

 とはいえ、この前のスーツ男とは違い、この大男には理性があるようだ。

 理性を保ったまま、自分の意志で俺を攻撃しているように感じる。

 ……それはそれで、困りものなんだが。


 間違いなく初対面のはずだ。

 こんな大男、面識があれば忘れる事はないだろう。

 もちろん恨みを買った覚えもないんだが、生きてりゃ知らない間に恨みを買うこともあるのかもしれない。とはいえ……


「いきなり、何のつもりだ!」


 ここは怒ってもいい場面だろう。

 本気で怒っているわけじゃないが、言葉に怒気を込め、静かな怒りを演出する。

 それに対して、相手が反論してきた。


「それは、ワシの台詞だ。貴様こそ何のつもりだ。何の思惑があって、ここに入り込んでおる。この物の怪め!」

「はぁ?」


 何を言われたのか分からず、思わず首を傾げる。

 いま、コイツ、俺の事をモノノケって言ったよな?

 年齢を間違えられることは日常茶飯事だとはいえ、モノノケ扱いされたのは……いやまあ、友人に冗談で「お前、全然成長しないよな。ホントに人間か?」なんてことを言われたことはあったが、初対面の相手に言われる筋合いはない。

 年齢を明かせば「その容姿で本当に二十三か?」って言われそうだが、たぶん……いや、絶対にそういう意味ではないだろう。


「言ってる意味がよく分からんが、まだヤルってんなら、反撃させてもらうぞ」


 そう宣言して、俺は軽く身体をほぐしてから身構えた。

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