40 恋人募集中ですっ!

 階段を下りて部屋に入ると、三人がこちらを見つめてきた。

 優佳と美晴が制服姿なのは、高校の帰りだからだろう。

 二人が仲良くしているのはまだ分かるけど、なぜかお姉さんも随分と打ち解けているようだ。

 優佳はまあ、いつも通りの意味ありげな笑顔。お姉さんは感謝の表情をしている。ここまではいいけど、何だその美晴の意味ありげな表情は?


 ぴょこんと立ち上がった優佳はニッコリ微笑むと、俺の手を取って座るように促してきた。


「兄さま、お疲れ様でした。姉さまと一緒に、お姉さんを助けたって聞きましたけど、大活躍だったそうですね?」


 一瞬「なに言ってんだ?」って言いそうになったけど、慌てて口をつぐむ。

 考えてみれば、学校にいた優佳が詳しい事情を知っていたら変だ。だから、優佳が助けに来たことを内緒にするよう、口裏を合わせたのだろう。

 だから、俺が余計な事を口走って美晴を混乱させないよう、優佳が先に説明をして、俺に話を合わせろと言外に伝えてきたのだと気付いた。


「活躍も何も、俺はこの通り、ノビてたからな……」


 それなら二階にいた時に、先に雫奈から説明しておいてくれたら良かったのにと視線で訴える。だが、無視された。

 参った。どういう形に話がまとまっているのか分からないだけに、これじゃ何もしゃべれない。

 もうちょっと何か情報を下さいよ、優佳さんや……と、心の中でお願いしてみるも、伝わってないのか面白がっているのか、ただニコニコするだけだった。


「まさか兄さんが、アタシらと同じおんなじ学年やと思われてたやなんて。お姉さんもビックリしてはったけど、こっちもビックリやわ。でも、ホンマにそうやったら面白おもろかったんやけどな」


 いやまあ、子供っぽく見られるよう演技したとはいえ、まさか高校一年生だと思われていたのはちょっと……いや、かなりショックだ。

 でもまあ、もう子供っぽい口調で話さなくていいってのは助かる。

 俺はお姉さんに向かって、深々と頭を下げる。


「俺は繰形栄太。こう見えても二十三だ。この近所に住んでいて、時々神社を手伝っている。騙すような真似をして済まなかった」


 お姉さんが、どこまで事情を知っているのか分からないが、今さら年齢詐称がバレたところで怒られることもないだろう。

 そう思ったのだが、なぜかお姉さんは顔を赤く染める。

 まさかの大激怒かと思ったが、違った。


「そんな、頭を上げてください。二度も助けていただき本当にありがとうございました。名乗るのが遅れましたが、私は三藤淑子みつふじよしこ、十九歳、恋人募集中ですっ!」


 そんなことまで聞いちゃいないんだが……

 そこはかとなく、ユカリと同じ匂い──夢見る女の子オーラを感じる。

 このお姉さん──三藤さんが悪い人じゃないのは、しっかりと記憶を覗かせてもらったのでよく分かってるけど、それ以上に、残念さ加減も知ってしまった。

 仕事はかなり優秀っぽいので、そのうち相応しい人が見つかるんじゃないかと、勝手に思っておく。


「俺は雫奈を手伝っただけだから、礼なら雫奈に言ってやって欲しい。それにほら……俺は途中でノビてただけだから」

「せやで兄さん、助けに入ったはええけど、疲れてもうて気絶したってなんやねん! 雫奈姉さんにぶられて帰ってきたって聞いた時は、情けのぅて、爆笑させてもろたわ!」


 ナイス美晴。言葉にトゲしかないけど、少しだけ状況が分かった。

 それに、三藤さんが作り出した甘い空気をぶち壊したのも、お手柄だ。


「もう俺は、この通り元気なんで気にしないでくれ。日が長くなったが、もうすぐ暗くなる。よかったら送るけど、どうする?」

「ダメですよ、兄さま。病み上がりなんですから、帰って安静にしてくださいね。二人なら私が責任を持って送りますので、安心して下さい」


 そりゃまあ、優佳は俺より強いけど、そのことを二人は知らないわけで……


「いやいや、アカンて。逆に優佳ちゃんが心配やわ。アタシなら心配いらん。ひとりで帰れるって」


 美晴が真顔で断る。

 だけど俺としては、自分が行けないのなら、せめて優佳に護衛をしてもらいたい。


「あー美晴、心配するな。こう見えても優佳は俺よりも格段に強いし、油断もしない。悪い事は言わんから、送ってもらえ」

「またまたー、兄さんも冗談キツイわ。……って、ホンマなん?」

「俺がこんなことで、冗談を言うと思うのか?」

「場合によっては……」


 沈黙が流れる。

 思わず絶句してしまったが、大きく息を吐く。すると、美晴が笑い出した。


「うそうそ、冗談やから。兄さん、堪忍な?」


 俺はもう一度、大きなため息を吐く。


「……まあいい。優佳、三藤さんも一緒に頼んでいいか?」

「はい。任せて下さい、兄さま」


 先に戻って休むよう雫奈に言われ、俺は上着を受け取って、みんなに見送られながらひと足先にアパートへと戻った。

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