04 名前って大事だよね

 女神アリスティアって名前を決めた時は、たしか適当に、少女の涙から生まれた女神って何か良くね? とかいうノリで付けた気がする。

 何かの作品に影響された、かなり偏った命名だが、それを手掛かりに思考の海を探索する。


 少女、女性、子供、雛、笑顔、涙、悲しみ、喜び、溢れる、雫、流れる……


 とりあえず、アリスティアから連想できるワードを並べて、組み合わせていく。

 ……シズクヒナ。なんだかそれっぽくなったけど、ちょっと呼びづらい。じゃあ、ヒナシズク? これもなんか違う気がする。

 シズナ、だったら普通の名前っぽいし……、そうだ!


「アキツシズナヒメってのはどうだ?」

「へえ、なんか神様っぽい」


 いや、神様の名前っぽくなるよう、必死に考えたんだが。


「ねえ、それって、どんな意味?」

「秋月ってのは、俺がよく行く神社の名前で、この辺りの昔の呼び名らしい。土地神にはピッタリだろ? 雫はティアから、雛はアリスから連想したもので、ヒメは姫神、つまり女神を表す言葉だな」


 なんだか、改めて説明をすると恥ずかしくなってくる。


「アキツキシズクヒナヒメ、だと、ちょっと長いし呼びにくいから、略してアキツシズナヒメ。これだと発音もし易いだろ? ……あれ、ちょっと言いにくいな」


 実際に口に出してみると、思いの外呼びにくかった。だが……


「そっか。アキツシズナヒメ、アキツシズナヒメ……」


 なんだか嬉しそうに、名前を繰り返し呟いている。

 どうやら気に入ってくれたようだ。


「じゃあ、神名はそれで決定ね。あとは、人の名前よね。やっぱり漢字のほうがいいかな。ファミリーネーム……えっと、苗字だっけ。それは秋月でいいよね。ねぇ栄太、シズナってどんな漢字がいいと思う?」

「それぐらい、自分で調べられるだろ。自分の名前なんだから、気に入った文字を選べばいいと思うけど」

「分かってないなぁ。私のことを考えながら選んでもらうってことに意味があるのよ。そうすることで、女神と信者の絆が強まり、私の力が増して行くらしいよ」


 誰が信者だ! と思ったが、まあいい。なんだかそんな展開になるって思ってたので、いくつか候補は出してある。

 メモ用紙にスラスラっと書いて渡す。


   秋月 雫奈


「美しい雫とか、優しい雫って意味で、つまり天の恵みだな。まあ、雨の神様っぽくなってしまうけど、人としての名前だったら問題ないよな」


 よっぽど嬉しかったのか、受け取ったメモを大事そうに抱きしめている。

 さすがにそこまでされると照れるが、悪い気はしない。必死に考えた甲斐があるってものだ。

 ……なんてことを思っていると、アリスティア──秋月雫奈の身体が一瞬だけ光を放った。


「……なんだ今の?」

「たぶん、栄太が神官になったから、私の活動が認められたんだと思う。つまり、この世界で堂々と活動できるってことね」


 そっか、それはめでたい……って、ちょっと待て!

 

「俺が神官って、どういうことだ?」

「私もよくわからないから、推測だけど、依り代を与え、名前を与え、居場所を与えたでしょ? 神様にそこまで尽くせば、立派な神官よ」


 そんなバカなっ!

 サッサと追い出そうと頑張ったのに、どんどん深みにはまっていたってことか!


「そんなに嫌そうにされると傷つくな。深く考えなくても大丈夫。神官って言っても、マネージャーぐらいに思ってくれればいいから」

「完全に雑用係じゃねーか!」

「それに、神の加護が働くから悪い話じゃないと思うけど。まあ、今の私じゃ大したことはできないけど」


 もしかしたら、主従契約的な何かのチカラが働いているのだろうか。

 理不尽な状況なのに、怒りどころか、全く反抗心が湧いてこない。

 中身はともかく見た目は理想の女性。それが、手を合わせて頭を下げ、お願いとウインクして来た日にゃ、そうそう逆らえない。

 とにかく、もう日も暮れてきた。


「ロクなもんがないけど、何か食ってくか?」

「ん~、食べるのは大好きだけど、基本、食べなくても平気なんだよね。それに、今日中に部屋が欲しいから、今日は帰るね」


 今日は? という言葉が引っかかったが、聞き返す元気もない。

 秋月雫奈が出て行った後、椅子に座ってしばらくボーっとモニターを見つめる。

 とにかく今日は疲れた。何もする気になれない。


 夕食と風呂を済ませると、サッサとベッドに潜り込む。

 今日の出来事が頭の中でグルグル駆け巡り、なかなか睡魔がやってこなかったが、それでもいつしか眠りに落ちていった……




 気が付けば朝だった。

 それも爽やかな朝だ。

 こんな時間に目覚めたのは、いつ以来だろうか。

 それに、なんだか懐かしい、みそ汁の匂い……?!

 一気に意識が覚醒する。


「あら、おはよう。朝ごはん、もうすぐできるから、顔でも洗って来たら?」


 やっぱり気のせいじゃなかった。

 秋月雫奈が、エプロン姿で台所に立っていた。


「ど、どど、どっから入った! 玄関の鍵は、閉まってたろ?」


 神様相手に言っても仕方がないが、チェーンも掛かっていたはずだ。

 

「どこって、そこから」


 雫奈がオタマで指し示したのは、大きな棚が置いてあった場所。

 ……って、棚がないっ!

 しかも壁が通路になっていて、向こうの部屋が丸見えになっている。


 部屋を見回せば、微妙に家具の位置が変わっており、こう言っては何だが、前よりも使いやすそうな配置になっている。

 いくら神様っつっても、これはやりすぎだろ……


 予想を遥かに超える状況に、脱力してベッドに突っ伏した。

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