05 徹夜明けの皿うどん

 隣に秋月雫奈あきづきしずなが住むようになって、人並みの生活に戻った気がする。

 なのに、作業効率は確実に落ちている。

 気にしても仕方がない。とにかく作業に集中だ!


 よしっ、完成だ。

 データと一緒にメッセージを送る。

 いつも通り、すぐに「確認します」という返事が返ってきた。

 なんとか、今回も間に合った。


「栄太、ご飯作ったけど……って、どうしたの? 燃え尽きたみたいになって」

「そうだよ! 徹夜明けで、燃え尽きてんだよ!」

「そっか、ご苦労さま」


 チラッと振り返ると、エプロン姿の雫奈が、料理を運んでいた。

 さらに、この部屋に無かったはずの、かわいい猫柄のマットと、ローテーブルが持ち込まれていた。

 壁に開いた通路を見つめる。……方法は分からないが、雫奈が作ったものだ。


「なんで当たり前のように、こっちで料理してんだ?」

「だって、昨日の夜も、今日の朝も、何も食べてないでしょ?」


 そう言われても、納期の前は、いつもこんな感じだ。


「ずっと集中して何かやってたから声を掛けなかったけど、そろそろ食事を摂らないと身体に悪いし。それに、今日のはちょっと自信作。上手くできたと思うから、食べてみて」


 何かと思えば皿うどんだ。

 具材を炒めてあんかけの素と絡ませ、パリパリ麺にかけるだけの簡単なもの。それぐらいなら俺でもできる。

 スプーンで麺を崩しながら具材と混ぜ、すくって口の中へと運ぶ。

 

「……………うまい」

 自分で作ったのはずいぶん前だが、それとは明らかに別物だった。

 ちょっと悔しいが、お世辞抜きに美味かった。


「じゃあ、私も、いただきます」


 エプロン姿のまま向かい側に座った雫奈は、手を合わせてから食べ始める。

 見るのは初めてではないが、やっぱりエプロン姿も似合っている。

 3Dモデルを作っていた時、いつか着せてあげたいと思っていたイメージに近いが、その想いが伝わったのだろうか。

 ……ヤバッ! 視線に気づかれた?


「な~に? ジッと見つめて……」


 不思議そうな顔をしている。と思ったら、自己完結したようだ。

 何を思いついたのか、おもむろに席を立つと「オッホン!」と咳ばらいをし、キリッとした表情をこちらに向ける。

 何が始まるんだ? と見つめていたら……


「信者の幸せは、女神である私の望み。今日の糧に喜びを抱き、捧げられた命に感謝を捧げ、幸せを噛みしめながらいただけば良いのです」


 雫奈は身振り手振りを交えて、ありがたい言葉らしきものを唱え始めた。

 最後は優しく微笑んで、静かに手を合わせる。


「どう、いまの。神様っぽくなかった?」


 なんだか、いろんな神様が混ざった感じで、微妙としか言えない。

 それ以上に、エプロン姿じゃ様にならないってことが、よく分かった。


「どーでもいいが、どさくさで信者に格下げされたんだが?」

「あっ、ごめんごめん、マネージャーだったわね」


 それも違うが、まあいい。

 ここは素直に、この皿うどんに感謝を捧げるとしよう。

 夢中になってスプーンを動かす。

 ホントに美味い!


「そういえば、今日って平日だよね?」

「そうみたいだな」

「栄太は学校に行かなくていいの?」


 思わずスプーンを取り落とす。

 いやまあ、よく人から若く見られるけどさぁ……

 仮にもお前は神様で、こうして世話まで焼いてくれる関係だろ?

 なんで、知らねーんだよ!


「お前、いったい俺を何歳だと思ってる?」

「いきなり気安くなったわね」


 なぜそこで照れる?

 でもまあ、さすがに「お前」は失礼だったと思い「おう、スマン」と軽く謝る。

 

「高校生だって思ってたけど、もしかして大学生?」

「まあチビで童顔なのは認めるが、これでも、二十三だ」


 いやまあ、この年でも普通に大学生はいるけどさ。院生とか。


「でも、ずっと家に居るよね?」

「家でできる仕事なんだよ!」


 まだ少し疑っているようだが、どうやら納得したようだ。

 それなら……


「雫奈こそ、毎日外をぶらついて、何やってんだよ」

 他愛ない、ちょっとした反撃のつもりだった。

 どんな反応をするのかと見守っていると、何を思いついたのか、雫奈がニッコリ微笑んだ。


「じゃあ、教えてあげる。食べ終わったら外へ行くわよ」


 予想外の展開だ。なんだか面倒なことになった。


 でもまあ、向こうのチェックが終わるまで寝るわけにいかないし、ちょっと外の空気を吸いたい気分もある。

 ついでに、買い出しも済ませたい。


 疲れはピークだが、眠気のピークは過ぎている。

 思えば、この女神に声を掛けられたのも、納品の後、確認待ちの時だった。

 急いで皿を空にして、流しへと運ぶ。


「ちょっと準備するから、食器はそのままでいいぞ。帰ってから洗う」

「そんな遠慮しなくても、洗ったげるわよ」

「いや、着替えるんだが?」

「そんなの私、気にしないって。栄太が気になるなら、できるだけ見ないようにしてあげるけど」


 まあいい。それなら遠慮なく着替えさせてもらおう。


 まずは、パソコン内の取っ散らかっている資料を整理し、眠らせる。

 続いて洗面所に行き、電気シェーバーでヒゲを剃り、顔を洗う。

 最後に、着替えて所持品を確認し、愛用のカバンを肩に掛けたら準備完了だ。

 その頃には、洗い物が終わっており、雫奈も自分の部屋に戻っていた。

 テーブルやマットも持って帰ったようだ。


「準備できたぞ!」

「じゃあ、行こっか」


 こうして一緒に出歩くのは初めてだ。だが、なぜだが全く緊張しない。

 もっとこう、何か感情が揺さぶられるかって思ったのに、部屋にいる時と全く変わらなかった。

 もしや、神の力でマネージャーの心得とか、何かを刷り込まれたのか?

 その証拠に、気付けば車道側を歩き、歩調も雫奈に合わせていた。

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