11 宙を舞う白い欠片

 外に出たついでに、静熊神社に立ち寄る。

 たとえ名前だけとはいえ、俺はここの関係者だ。

 困っていたら、手伝ってやりたいってぐらいのことは、ずっと思ってた。


 軽くお辞儀をして鳥居をくぐる。

 小さな神社だ。ここに居るのなら、すぐに見つかるだろう。

 そう思ったのに、雫奈の姿が見えない。

 巡回にでも出てるのだろうか。


 考えてみれば、この神社の事をほとんど知らない。

 待ってる間に、いろいろと見て回ろう、と思ったら……


「エイタ、何してんだ?」


 聞き覚えのある子どもの声がする。……なのに姿が見えない。

 気のせいかと思い、再び歩き出す。


「おい、エイタ。こっちだって!」


 見つけた。

 事務所……社務所だっけ?

 その建物の窓から、あの少年が、こちらを見て手を振っている。

 窓に近づいて話しかける。

 

「よっ、ミヤチ……だっけ。こんな場所で何してんだ?」

「遊びに来た。シズナ姉ちゃんも中にいるよ。エイタもこっち来いよ」


 そういうと、トタトタ足音を鳴らして奥へ引っ込んだ。

 チラッと中を見ると、畳の部屋に座敷机テーブルが置いてあり、見知らぬ少女が湯飲みを手にしながら、こちらに向かって会釈してきた。

 状況が分からんが、とりあえず会釈を返す。


 そういや、雫奈が言ってたっけ。

 これが噂のミヤチの彼女だろう。

 少し大人しそうだが、なかなか整った顔立ちの女の子だ。

 それに、どことなく利発そうな印象を受ける。


 お客がいるなら帰ろうかと思ったが、相手がミヤチなら、ここで帰るほうが不自然な気がする。

 まあ、こうなったら仕方がない。そう思い、入口へと向かう。

 

 前までくると、勝手に引き戸が開く。

 来客を知らせる鈴の音が心地よい。

 だが、引き戸の音は静かだ。ちゃんと手入れが行き届いているのだろう。

 建物の中から、ぴょこんとミヤチが顔を出した。なんだか嬉しそうだ。

 

「ほら、早く上がって」


 お前の家じゃないだろ! ……と、心の中でツッコミつつ、中に入る。

 ここに入るのは初めてだが、新品とはいかないまでも、柱や床板が輝いて見える。それに、少し広いとは思うが、普通の住居にもありそうな玄関だ。

 扉を閉めて、靴を脱ぐ。揃えて隅のほうに置くのも忘れない。

 ついでに、ミヤチの靴もそろえてやる。


 勝手にスリッパを拝借して歩く。

 廊下もピカピカだ。


 障子の隙間から、ミヤチが顔を出して手招きしている。

 部屋に入ると、さっきの女の子がいた。

 その向こうにあるのが、さっき俺が中を覗いていた窓なのだろう。

 ここからだと境内の様子がよく見える。


「ちょっと僕、シズナ姉ちゃんを呼んでくるね」


 なんとも忙しい奴だ。

 やけにはしゃいでいるように見えるが、これが本来のミヤチなのだろうか。


 それはいいんだが、初対面同士を放っていくなよな……

 気まずいにも程がある。

 部屋の隅に積まれた座布団を、勝手に使って座る。

 正座でもいいが、ここは楽に胡坐あぐらをかかせてもらおう。


「よっ、俺は繰形栄太。ここの使用人みたいなもんだ。俺の事は気にせず、ゆっくりしてってくれ」

「はい。鷹持縁たかもちゆかりっていいます。お邪魔しています」


 なんだろ。じっと見られている気がする。


「おお、そうか。俺のことは栄太って呼んでくれ。別に呼び捨てでも構わんぞ」

「はい、エイタさん。じゃあ私も、縁って呼んでください」


 やっぱり見られてる。

 

 こういう時はテレビに限る……が、この部屋にはなかった。

 まあ、俺の部屋にもないが。

 

 窓の外を眺めててもいいが。ここはやっぱり……

 

「なあ、ユカリって、ミヤチのこと、好きなの?」


 次の瞬間、頭に衝撃が走った。……と同時に、何か白いものが宙を舞う。


「ちょっ……お前、なに訊いてんだよ!」


 振り向けばミヤチが、何やら白い物体を持ち、真っ赤になってニラんでいた。

 さっきは、足音が鳴ってたのに、なんで今は全く音がしなかったんだ?

 白い物体の正体は、大根だった。その欠片をユカリが、丁寧に拾っている。


「いや、まあ、大事な事だろ? お前、ユカリが他の奴と付き合うって聞いて、動揺してたし。今度また、そんなことがあったら、大変だろ?」

「だからって聞くか? 普通……」

「え? でも二人、付き合ってんだろ?」


 ミヤチが言葉を詰まらせ、チラチラとユカリの方を見る。


「私はダイくんのこと、大好きですよ。でも、まだ付き合ってないんです」


 なんだか、予想と違ってきた。

 てっきりミヤチの片思いだと予想していたのに、ユカリのほうが積極的だ。


「そうか。でも、まだってことは、その気はあるってことだよな」

「はい、もちろん。でも、ダイくんが嫌がるんです」

「そっか。クラスの奴らにからかわれるのが恥ずかしい……とか、そんな感じか」

「そうみたいです。かわいいですよね」


 なんというか、ミヤチの意中の相手、鷹持縁たかもちゆかりは、相当な変わり者っていうか……なかなか芯の強そうな子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る