61 神社でバトル

 そろそろ二十分ほど経っただろうか。

 ……なのに、タイマーが鳴らない。

 平気なつもりだったのだが、精神の疲れは分かりにくいのか、思ったよりも影響があったようだ。自分でもまさかと思ったが、タイマーのセットをミスっていた。


 ちなみに俺は、ただじっと寝ころんでいたわけではない。

 ご神木の枝ならば丁重に扱う必要があるだろう。なので、安全に運ぶために、いろいろと知恵を絞っていた。

 四十センチほどの長さがあり、服の下に忍ばせないこともないが、不慮の事故で折れてしまっては大変だ。なので、丁度良いサイズのカバンを探しているのだが……


 いつものカバンはまだ湿っている。その代わりのものだが……

 手さげカバンや紙袋、ビニール袋とかは論外だろう。それなら、服の下に忍ばせるのもそれほど変わらないように思える。

 滅多に使わない小型の背嚢デイパックが出てきたが、どんなカバンでも、枝をそのまま入れておくのは不安だ。

 ならばと、丁度良いサイズの容器がないか探してみる。枝がすっぽりと中に入り、そこそこ丈夫なモノを。


 ペットボトルの空き容器ならばと思ったが、あと少しって感じで入りきらない。

 そこで見つけたのが一升瓶……って呼んでもいいのかわからないが、どこか外国の高級なワインが入っていた容器。もちろん中は空っぽで、ちゃんと洗ってある。

 珍しい物らしく、瓶だけでもと記念に取っておいたものだったが、よく引っ越しの時に捨てなかったものだ。

 試しに入れてみるとピッタリで、コルクで軽く栓をした上で、衝撃で割れないようにとタオルと紐でぐるぐる巻きにして厳重に包んでおいた。

 そこそこ重量感があるが、カバンで運べば気にならないし、かなりぞんざいに扱わない限りは割れたりもしないだろう。

 どう見ても怪しげな物体なので、カバンに入れず剥き出しのまま持ち歩いていれば、職務質問されそうだが……

 

 他の外出必需品も──といっても、お地蔵様用の掃除道具ぐらいだが──一緒にカバンに詰めて、神社へ向かう準備が整った。

 ちなみに折り畳み傘も濡れていたので、広げて部屋干ししている。天気予報をチェックしたが、たぶん持って行く必要はなさそうだ。


 神社に着くころには三十分を超えているだろうけど、慌てても仕方がない。

 この枝を何に使うのかと不思議に思いながら、部屋を出て鍵を閉めた。




 優佳からは慌てなくてもいいと言われていたので、のんびり歩いて神社にやってきた。たぶん、三十分は優に超えているだろう。

 すでに全てが解決していて、みんなも無事だったってことなら大歓迎なんだが。


 鳥居をくぐると、巫女姿の三藤さんが、授与所で手を振っていた。

 考えてみれば、三藤さんが働き始めたのは昨日からだ。

 なのに、売る……じゃなくて、お渡しするモノなどあるのだろうか。


「三藤さん、お疲れ様。昨日の今日で、よくこんなに揃ったな……って、これ、豊矛神社って書いてるように見えるんだが?」

「そりゃそうですよ。社務所に残ってたモノですから。ちゃんと、秋月神社からは許可を頂いてますし、豊矛様にまつわるエピソードのチラシを封入した、在庫限りのレア品ですよ。それに、名前の入ってないものも多かったですから、これは静熊神社としてお渡しできますよ」


 なんとも商魂たくましい……頼もしい限りだ。


「かなり古いモノだと思うが、問題ないなら別にいい。ところで、その格好はどうしたんだ?」

「どうです? 似合ってるでしょ?」

「似合ってるし、とても馴染んでいるように見えるが、よくそんな衣装があったな」

「そりゃ神社ですから、衣装もいろいろ残ってましたよ」


 長く宮司が居なかったと聞いたが、その当時から残されていたものなら、驚くほど保存状態がいいってことになる。まるで新品のようだ。

 ここの管理を任された人のおかげか、豊矛様のチカラかは分からないが、財政状態の厳しい現状では感謝しかない。

 

「それより繰形さんは、中に行かなくていいんですか?」

「まあ行くんだが、三藤さんは、雫奈たちが何をしてるのか知ってたりは……?」

「いえ。私が任されているのはここですから。ここの事は万事お任せ下さい」


 キリッと表情を引き締めた三藤さんは、自身に満ちた様子で胸を張る。


「おっ、なんか今の、出来る女って感じで、カッコイイな」

「でしょお? ちょっと意識して言っちゃいました。でも実際、お客様が居ないからって気を抜いてたら、神社のイメージを落としちゃいますからね。ちゃんと頑張りますよ」


 せっかくのクールな雰囲気が、にへら~という笑いで、一瞬にしてコメディになった。

 でもまあ、こっちのほうが、この神社には似合っている気がする。


「ああ、この神社の未来の為にも、よろしく頼みます」


 楽しそうに働いてくれている三藤さんを頼もしく思いながら、お辞儀をして家の中へと向かった。




 玄関を通って廊下を歩いていると、なぜかみんなが廊下に出ていた。

 ミヤチと雫奈、そして、こちらに気付いて頭を下げている時末さんの三人。

 ……ということは、ユカリと優佳は部屋の中なのだろう。みんなは開けられた障子から中の様子を窺っているようだ。


 何やってんだと思いつつ近付くと、さっきまで静かだったのに、いきなり騒々しい音が聞こえてきた。

 俺も部屋の中を覗き込む。……と、キャットファイトと呼べばいろいろと誤解を生むだろうが、いつもはみんながくつろいでいる部屋で、ユカリと優佳が、子供の喧嘩のレベルを超えた壮絶な戦いバトルを行っていた。

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