60 釈然としない実験
ユカリに殺されると泣きついてきたミヤチが、雫奈のひざ枕で眠ってしまったという。
呪いが発生した理由を探るため、何が逆鱗に触れたのかをユカリから聞き出そうと思っていたのだが、その当人が間もなく静熊神社に到着するらしい。
ミヤチに「浮気でもしたのか?」と問いかけたのは半ば冗談だったけど、もし本当に恋愛感情のもつれや嫉妬が原因だった場合……
相手がたとえ雫奈だったとしても、自分の思い人が、自分以外の女性にひざ枕をされながら安らかに眠っている光景を見たら、どうなってしまうのか。
ユカリの反応とか、想像するだけでも恐ろしい。
「スマン、こんなことをしてる場合じゃないな。俺もすぐ神社に向かう」
「だったら兄さま、せっかくなので、このまま精神だけで神社に向かいましょう。これも修業ですよ」
「いや、そんなことをしてる場合じゃないと思うんだが。霊力も半分切ってるし」
「半分あれば余裕ですよ。そうですね、一度跳躍を試してみましょうか。まずは神社の見える場所まで移動させますね。兄さま」
俺の視点が勝手に動き、窓をすり抜けて空中に浮かんだ。
ユカヤが制御して動かしたのだ。
「兄さま、跳躍する感覚をよく覚えておいてください。では、跳びますね」
返事をする間もない。何の負担もなく、一瞬で風景が切り替わった。
場所は、神社の正門から拝殿に向かう石畳の少し上空。
ユカリは、ちょうど鳥居をくぐったところだった。
ミヤチの言っていた通り、たしかに様子がおかしい。
声を掛けた……と思われる時末さんを無視して、どんどん歩いて行く。
現実世界の声や音が聞こえないのは、俺の修業不足なんだろうけど、ユカリが邪魔をするなとばかりに、追いすがる時末さんを振り払ったのが分かった。
「移動は私がやりますので、兄さまは魂を観察することに集中してください」
「わかった。……けど、この状態は人に見せられないな」
気付けば俺は、ユカヤに抱え上げられる形で運ばれていた。
まあ、誰に見られるわけでもないからいいかって思ったけど、時末さんが俺たちのほうを見て、驚いた表情を浮かべていた。
そう言えば、あの人は修験者をしていたらしいから、精神体が見えるのかもしれない。明らかに、ユカリに振り払われたショックではなく、俺たちのほうを見つめて驚いている。
……いや、それよりも今はユカリのことだ。
「ユカリの魂にケガレを確認した。魂の数値は五十三、合計は六十八だな。これって、放っておけば六十八まで上がるってことだよな。ケガレを浄化したら、魂は五十三で止まるのか?」
「魂に馴染むまで少し時間がかかりますからね。浄化に成功すれば、おそらくもう少し数値が下がると思いますよ。兄さま」
「それで、何か作戦とかあるのか? 俺の霊力、もう三十パーセント切りそうなんだが……」
こんなことをしているよりも、さっさと神社に行ってユカリを止めたほうがいいような気がするんだが……
そりゃ、魂の状態を早めに確認できたのは、この実験のおかげだけど……
いや、それよりも、雫奈にひざ枕をやめさせないと……
もしユカリが、ミヤチに対して取り返しのつかないことをしたら、俺はたぶんめちゃめちゃ後悔すると思う。だから何かしないと……
「兄さま、落ち着いてください。霊力の低下で思考が乱れてますよ」
「そうなのか?」
「はい。心が疲れると、何でも悪い方へと考えてしまいますので、注意してくださいね。じゃあ、そろそろ限界のようですので、実験はここまでにしましょうか。視界を戻したら、慌てなくてもいいので、三十分ぐらい休憩してから神社に来てください。ご神木の枝を忘れないでくださいね。兄さま」
「……ああ、分かった。じゃあ、戻るぞ」
本当にユカリとミヤチは大丈夫なんだろうな……と心配しつつ、俺は目を閉じるようにして視界を切り替え、現実世界に戻ってきた。
当たり前だが、ここは自分の部屋だ。
すでに優佳は居ないが、たぶん先に神社へと跳んだのだろう。
なんせ、優佳とユカヤは別々に行動ができる。
わざわざ俺の目覚めを待っている必要はない。
体調の方は……かなり疲れを感じているものの、この前のように昏倒するような、そんな気配はなかった。ただ、少し眠いだけだ。
意識がはっきりしているし、今まで自分が何をしていたのかって記憶もしっかりと残っている。これは、余力を残して戻ったからだろう。
冷蔵庫から半分ほど減ったミネラルウォーターを取り出し、喉に流し込む。
いつでも外出できる準備を整え、念のためにタイマーをセットしてからベッドに横たわった。
俺は、天井を眺めながら、ぼんやりと考える。
毎度のこととはいえ、優佳の考えはよく分からない。
そりゃまあ、視界の改良や、跳躍を体験できたのは一歩前進かもしれないけど、わざわざこのタイミングでやる事だとは思えない。
おかげで、ミヤチとユカリが遭遇する場面に立ち会えない。
「……まさか、これが狙いか?」
いやいや、いくらなんでも、それは考え過ぎだろう。そんな事をして、なんの意味があるのだろうか。
視線を天井からご神木の枝へと移し、釈然としないまま、三十分が経つのを大人しく待った……
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