42 精神世界での特訓
快適な朝……には、ならなかった。
横になった時間こそ長かったものの、例のギリギリ偽装システムのことが気になって、なかなか寝付けず、途中で何度も目が覚めてしまった。
だから、全く睡眠が足りていない。
ちゃんと動作したのを見届け、やっと安心するが、なんとなく二度寝をする気分でもなくなった。だからといって、訓練をする気分でもない。
そんなわけで、いつも通り、会社からの確認結果を待ちつつ散歩することにした。
朝の気温もずいぶんと暖かくなってきたようで、朝の散歩には丁度いい。
身を切るような寒さで眠気を飛ばすのもいいが、この爽やかさも捨てがたい。
いつものコンビニで数日分の食料を買い込むと、お気に入りの秋月神社へと向かい、丸太ベンチに寄りかかって風景を眺める。
なんだか見覚えのある粒子がキラキラと輝いているが、それもまた朝の風景と相まって、とても綺麗だ……
「……って、雫奈?!」
現れたのは、ストレッチ素材のロングパンツにTシャツ姿の雫奈だった。薄手のカーディガンを羽織り、キャップを被っている。
まあ、俺が描いて作った衣装なのだが、我ながらカッコイイ感じに仕上がった。
これにサングラスを合わせたら、完璧かもしれない。
よし、今度、描いてみよう。……などと思っていると、不思議そうに雫奈が俺の顔を覗き込んできた。
「もしかして栄太、何か考えごと?」
「いや、風景を見ながら休憩してただけだが……。ここって、他所の神社だぞ? こんな所に跳んできて、ここの神さまに怒られたりとかしないのか?」
「あっ、それは平気だから心配しなくてもいいわよ」
まあ、それならいいんだが……
「ところで、なにか急ぎの用か?」
「そういうわけじゃないんだけど……。栄太がここにいるって分かったから、丁度いいし、ここで特訓なんてどうかなって」
「特訓? ここで? いや、他の人に迷惑だろ」
今は俺たちだけだが、誰でも来ることが出来る場所だ。
もし誰かが来れば気が散るし、相手にとっても迷惑だろう。
「心の特訓だから大丈夫。精神世界だと物理的な距離は関係ないし、離れた場所からでもケガレを見極めるための実験とか、相手の魂との距離感を鍛える特訓とか、なんだけど……どうかな?」
今……、実験って言わなかったか?
それに、なぜこんな時間にこんな場所で、それも唐突にって思うが、土地神さまの言うことだけに何か理由があるのだろう。……たぶん。
まさか、ケガレが分かりやすい魂とか、そういうものが近くにあるのだろうか。
「まずは、そうね……。精神世界を自由に動けるようになったら便利よね」
「精神世界を自由に動く?」
すでに雫奈の言っていることが分からない。
精神世界は視点を切り替えて眺めるもの……だと思っているのに、そこで自由に動くってどういうことだろうか。
「まずは私が手伝うわ。でもこれって、私と栄太の絆が試されるから緊張するかも。……よっと、ちょっと失礼するわね」
近付いてきた雫奈は、隣で丸太ベンチに寄りかかると、身体を密着させて俺に抱き付いてきた。
「ちょっ、雫奈さん、何を?」
「いいから、いいから。私のことは気にしないで、そのまま視界を切り替えて」
こんなところを誰かに見られたら、思いっきり誤解されてしまう。
いや、だけど、これも特訓に必要なら、雫奈のことを意識しないようにして……
心を落ち着けて、意識しないように……
俺は大きく息を吐く。
この状況で意識をするなってほうが無理だ。
ならばと、素直な気持ちで雫奈の温もりを感じつつ、目を閉じて視界を切り替えた。
「いいわよ。そのまま意識を集中して…………」
動揺が治まるにつれて、視界が安定してくる。
「じゃあ、ちょっとだけ私が動かしてみるね。……どう、動いてるでしょ?」
「おお、すごいな。なんか、空を飛んでるみたいだ」
訓練を重ねた結果、俺は精神世界の再構成が出来るまでに成長した。
たとえば、物質世界で二個の石が並んでいたとする。だが、精神世界では全然離れてたりするんだが、その認識を物質世界のように並べ替えることで、精神世界でも隣に並んでいるように見ることができる。
さらに、無機物に宿る
ただし、人間の魂だけは人魂の形のままだったりする。でもこれは、相手の状態を知るために、俺の意志でそうしている……つもりだ。
慣れれは、石や土を精霊の姿にしたり、草や木を妖精の姿にしたり、果ては会話もできるようになるらしいが、まだその域までには達していない。
なんとなくだが、精神世界はデータの保管庫で、俺はそのデータを元に風景やキャラクターなどを配置して映像に変換する……たとえば、VRゲームに近いものだと思っている。
その映像化の部分を俺自身が行っているので、設定を切り替えるように、俺の認識ひとつで物が精霊に変わったり、植物が妖精に変わったりするのだろう。
そしてこれは、その世界の視点を変える──移動する訓練なんだと思う。
現実では、目の前には柵があり、その向こうは崖になっている。下は河原になっていって、向こう岸まで結構な距離がある。それに、そこそこな水量の川が流れていたはずだ。
だが今、精神世界の視界では、その柵を越え、河原の上空を進んでいる。
そう、まるで俺が宙に浮かんで移動しているかのように……
「俺の身体は、神社で座ったままなんだよな?」
「そうよ。これは、精神世界の中にある栄太の現在地を動かしてるって感じかな」
「もしかして、これって俺の意志で動かしたりもできるのか?」
「ええ、もちろん。でも、かなり難しいから、慣れるまでは私の補助が必要かな」
精神世界だと、自由に空が飛べるのか……
それは、ちょっと面白そうだ。
そう思った俺は、雫奈に頼んで、自分の力で飛べるかを試してみることにした。
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